2019年9月22日(日)

京都医塾

2019年2月1日

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 合格率8割の医学部専門予備校が京都にある。たとえ何度目の挑戦になろうとも医師への道をあきらめない若者たちが親元を離れてここに集まるという。我が子の未来を京都に託し勝利への方程式を手にした親も数多い。ある親子の物語に、その実像を見た。
 

「夢」を現実に変えた合格までの最適ルート

 「忘れもしない2月14日、その知らせは届きました。3年間、どうしても得られなかった医学部への合格を、息子は初めて手にしたのです。本当に、本当にありがとうございました」

 昨春、悲願の医大進学を叶えたTくんの父親から塾が受け取った手紙には、歓びと感謝の言葉があふれていた。

 Tくんは社会人だった。大学卒業後、企業勤めを続けていた彼が突然「医師を目指す」と決めたのは、かつて夢見た命を守る仕事への想いを断ちきれなかったからだろう。退職し、予備校通いを始めたが、ハードルはあまりに高い。模試のたびに乱高下する成績に悩みながら二浪を費やし、身も心も限界だった。

 あと一回、この塾に賭けてみよう。父親は放心状態の息子を連れ、京都の医学部専門予備校を訪れる。過去13年の合格率8割超、1年間で偏差値倍増、他塾の10倍を超える学習量……。そんな定評よりも合格への確たるプランニングと哲学が、あきらめかけていた息子の心を奮い立たせてくれたと父親は話す。

 自分の弱点を的確に見極めること、合格するまでの最適ルートを定めること、決して焦らず絶対基礎力を徹底して磨くこと。これらを守り通せば、たとえ誰もが無謀と言う挑戦でも必ず活路が開かれる――その話を聞き、親子は覚悟を決めた。

 それからの1年、Tくんの成長は目覚ましかった。中学レベルに立ち戻っての基礎学習が体に染みわたる頃、偏差値は一挙に60台後半へ。中途半端な理解のまま応用に手を染めることからくる不確実性。Tくんの最大の弱点はもう消えていた。

専用個室で行われる個人授業。講師が次々に部屋を訪れ、目の前で自分一人のために学力を磨いてくれる。

競争率16倍の超難関に打ち勝つための手段とは

 2018年度大学入試。医大には定員約9000人に対して14万人を超える志願者が殺到。その荒波の中、Tくんは4つの私立医大からの吉報、そして本命国立大への合格を手に入れた。

 「どの受験生にも、合格の可能性は隠されているはずです。ただ、それを現実に変える手段を持てない限り、結果は決して得られません」と父親は言う。

 親の世代とは異なり、偏差値60以下の医大が姿を消した今、合格に必要な学力に大差はない。だが、そこに挑む受験生の能力は千差万別だ。一人ひとり異なる合格までの距離は当然、それぞれに見合った個別のカリキュラムでしか埋められない。

 だから、この塾「京都医塾」にお仕着せのカリキュラムは存在しない。入塾時のカウンセリングと体験授業、達成度テストで本当の実力を分析し、個別に合格プランを練り上げる。その計画も毎週のカウンセリングで幾度となく更新。必要なら1年でも2年でもかけて基礎学力を定着させる。講師陣はまるでアスリートに寄り添う専属チームのように、教科横断の13人体制で一人の生徒をサポートする。

 それらのすべてが、Tくんにとっての「手段」となった。

超難関を超えるには、競争心の強さも欠かせない。集団授業でそれを高め、現在の自分の実力を相対化する。

医大進学、勝利への道は「京都留学」にあり

 奇跡を必然に変える仕掛けは他にもある。個人授業と集団授業の合わせ技もその一つ。

 基本は一人ずつに与えられる専用個室でのマンツーマン指導。生徒の表情から理解の度合いを測るため、講師は必ず目の前に立って授業をする。知識の雨は降らせるが、量をこなすだけでは芽は出ないから、学力の度合いに即した受け皿づくりを重視するのがこの塾の流儀である。そのうえで、仲間と競うことで自分の力を相対化できる集団授業も大切にしているのだ。

 生活の面倒見にも余念がない。朝8時から夜10時までの勉強漬けはハードだが、校内には整体師も常駐し、生活リズムの維持に全スタッフが目を配る。

 そうして多くの塾生が親元を離れてここで受験生活を送る。「京都留学」に未来を託して。

専用個室はまるで自宅の勉強部屋。1日十数時間の勉強漬けで、一人ひとりの個性と苦楽の軌跡が刻まれる。
京都で一人暮らしをする塾生のために提携マンションを準備。食事付きの部屋や、女性専用マンションもある。