WEDGE REPORT

2019年2月5日

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アジアカップ決勝、吉田麻也(Mutsu Kawamori/AFLO)

 2大会ぶり5度目の優勝は果たせなかった。サッカーのアジアカップ決勝で日本はカタールに1―3で敗れて準優勝に終わった。相手のカタールは確かに強かったが、1つの判定がプレーに水を差した感はどうしても否めない。

 0―2から後半に入って森保ジャパンが1点を返し、明らかに流れを変えかけていた直後だった。相手のカウンターから一転して好機を作られ、CKに合わせてDFアブデルカリム・ハサン(アル・サッド)がヘディングシュート。これをペナルティエリア内で競り合ったDF吉田麻也(サウサンプトン)が左腕に当て、主審にVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)をコールされてしまう。結局ハンドとしてPKのジャッジが下され、83分に致命的な3点目を奪われてしまった。そのまま日本は主導権を奪い返すことができずジ・エンド。大会初Vのカタールは2022年W杯を開催するホスト国として世界に存在感をアピールした格好となった。

 カタールの初Vにケチをつけるつもりは毛頭ないが、大半の人は後味の悪さを覚えただろう。やはりこの決勝戦でVAR判定から吉田のプレーがハンドとされ、カタールのPKとなったジャッジには、いまさらながらも「?」が拭えない。

 サッカーにおいてハンドはインテンショナル(故意)であれば、即座にファウルだ。しかし吉田のプレーはどのような角度から見ても故意とは言い難い。ただ意図的ではなかったにせよ、相手のヘディングシュートが当たった吉田の左腕は体から離れていたため「結果的にボールの方向を変えた」という判断がなされ、ハンドとみなされたようだ。いずれにせよ、何かハンドの基準に曖昧な感が漂う。

 多くのネットユーザーだけでなく、海外メディアからも吉田に同情的な声が上がったのは、やはり世の中において「あれがハンドになってしまうのか」という考えを持つ人が多い何よりの証拠であろう。

 VARの介入を受け入れるかどうか、そして最終的なジャッジを下すのも主審である。この決勝戦でピッチに立ったウズベキスタン人のラブシャン・イルマトフ主審がVAR判定で「ハンド」のジャッジを下したのだから、たとえ周りからどれだけワーワー言われようともルール上においては、それが絶対であり「正解」なのだろう。とはいえ、このままVARがサッカーの主流になっていく流れには見直さなければならない要素もはらむ。このシステムは「機械=正解」という概念にとらわれ過ぎてしまうところに大きな落とし穴があるかもしれないからだ。

 VARが世界に先駆けてオランダのKNVB(オランダ・フットボール協会)で試験的に導入されるようになってから6年が経つ。現在はさらに広まり、セリエAやリーガエスパニョーラ、ブンデスリーガなど世界トップのプロサッカーリーグでも導入が進んでいる。国際大会の頂点・W杯においても昨年のロシア大会で初導入され、話題を呼んだのは記憶に新しい。時代の潮流に乗せられるように今年のアジアカップでも準々決勝から導入されたが、この大会では決勝戦を含めVARの〝乱発〟に違和感を覚えた人も少なくあるまい。 

 世界的に導入が本格化しつつあるゴール・ライン・テクノロジーやヴァーチャル・オフサイドライン・テクノロジーもVAR同様、サッカーを変えようとしている。ただ、先にも触れたように最新のテクノロジーに頼るべきところと審判による最終ジャッジのバランスは保たれなければいけないだろう。誤審は少なくなったかもしれないが、この決勝戦で下された吉田の「ハンド」のように故意云々はもはや関係なく「映像によって腕に当たっていると確認できるから、どんな流れであろうともファウル」という機械頼みだけのジャッジが今後当たり前になっていくとしたら、それはそれで問題だ。

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