日本人の忘れもの2
中西進 著
むかしはよく、兄の着物を弟が、姉のものを妹が着せられました。弟妹はいわゆる「お下り」に不満を言ったものですが、もともとは天の神さまが下さった頂きものだから「お下り」と言ったのです。
日本人の一人ひとりがもっていた、そんな「心の力」が弱ってきています。
異質なものをよしとし、振る舞いを美しくし、つねに相手を立てる「心」。
すったもんだの改革だって、ぎくしゃくした人間関係だって、この風呂敷をあければ、すべてが暖かく溶け出していきます。
あの「日本人の忘れもの」が帰ってきました。日本文化を代表する知性が、親しみやすい話題でふたたび軽やかに語ります。
<書籍データ>
◇四六判上製、232頁
◇定価:本体1,400円+税
◇2003年1月8日発行
◇ISBN: 4-900594-57-1
<著者プロフィール>
中西進(なかにし・すすむ)
一般社団法人日本学基金理事長。文学博士、文化功労者。平成25年度文化勲章受賞。日本文化、精神史の研究・評論活動で知られる。読売文学賞、日本学士院賞、菊池寛賞、和辻哲郎文化賞、大佛次郎賞、奈良テレビ放送文化賞ほか受賞多数。著書に『中西進と歩く万葉の大和路』『万葉を旅する』『国家を築いたしなやかな日本知』、『日本人意志の力 改訂版』、『情に生きる日本人 Tender Japan』(以上ウェッジ)、『うたう天皇』『楕円の江戸文化』(ともに白水社)、『日本人の祈り こころの風景』(冨山房インターナショナル)、『こころの日本文化史』(岩波書店)、『日本人の愛したことば』(東京書籍)、『中西進著作集』(全36巻/四季社)他多数。
■第1章 営み 「わたし」
日本人は丼物が大好きである。天丼、かつ丼、うな丼。近ごろは趣向を凝らしてイクラ丼などというものもあるらしい。
(中略)
聞くところによると、圧倒的によく出るのは竹だそうである。要するに丼屋の客は、まん中の丼をよく注文するらしい。
なるほど、それが無難だろう。
いつもいつも特上の寿司しか食べない男は、ちょっと胡散くさいと警戒されかねない。ことわざにも「出る杭は打たれる」というものがある。何事にも、目立つと人のそねみを買い、ろくなことはない。
反対に、いつもいつも下等のものばかりを食べていると、人からさげすまれる。これまた目立って、あいつは貧乏だとレッテルを貼られる。だから少々我慢をしても、竹を注文することになる。
何しろ、人並みにしておけば問題はないのである。少しでも他人と違っていると、とかく「あいつは変わり者だ」ということになり、仲間はずれにされてしまう。
だから等級ばかりか、注文する品物まで他人と違うものは、注文するのに勇気がいる。仲間がビフテキを食べたいという時に、オレは刺身だといい張る男がいると困る。だから多少食べたい物が違っても皆がビフテキが食べたいといえばOKし、席につけばグラム数まで同じ、焼き方もミディアムといっておけば仲好しでいられる。そこで、外国のレストランでは二人目以下の日本人は、すべてウエイトレスに「セーム」「セーム」と注文することになる。その結果、「日本人はセームという料理を発明した」などとからかわれる結果となる。
要するにセームとは、竹のことなのである。
(中略)
日本人は個性がないと言われる。ケゲンな顔ならまだしも、バカにされることもある。
そこで文明開化の波の中で、明治時代の先覚者たちは、この日本人の文明度の低さを嘆いた。何とかしようと考えた。
その結果、近代日本の合いことばが「自我の確立」ということになった。
学校でもいっせいに、個性教育を看板にかかげるようになった。「よい子」はのびのびと自分を主張できる子であり、ディベートでも独自の意見を述べて堂々と勝利をおさめる子である。
ここでも、竹組はコソコソと尻っぽを巻いて逃げるしかない。
もう日本人は、ほんとうにどうしようもない劣等民族である。少しはオレ達のように欧米人の教養を身につけたらどうだ、と先覚者から叱られる。
ダメですね、日本人は。(続きは本書でお読みください)
<目次>
日本文化の力――序にかえて 調和力、象徴力、そして尊敬力
第1章 営み
わたし 日本人らしい「私」が誤解されている
つとめ 義務や義理にしばられてしまった日本
こども 自然な命の力を育てたい
もろさ 自然な人間主義を忘れた現代文明
あきない 立ち戻りたい商業の原点
まこと 改革はウソをつかないことから始まる
まごころ 人間、真心が一番である
第2章 自然
みず 水の力も美しさも忘れた現代人
あめ 雨は何を語りかけてきたか
かぜ 風(かぜ)を風(ふう)として尊重した日本人
とり 鳥が都会の生活から消えた
おおかみ 「文明」が埋葬した記憶を呼び戻したい
やま 山を忘れて平板になった現代人の生活
はな 日本人はナゼ花見をするか
第3章 生活
いける 花の本願を聞こう
かおり 人間、いいものを嗅ぎわけたい
おちゃ 茶道の中で忘れられた対話の精神
みる 識字率のかげに忘れられたビジュアル文化
たべもの もう一度、「ひらけ、ゴマ」
たび つまみ食い観光の現代旅行事情
あとがき
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