2024年4月19日(金)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年2月12日

多くのメディアが「世紀の発見」を報じないワケ

 それでも、まだわからない点もある。五馬図巻が東博の収蔵になっていたことは、美術界でもほとんど知られていなかった。2017年度に寄贈されたあと、プレスリリースを流したり、特別展を開いたりしてもいいぐらいの品で、今回、顔真卿展の一部での初お披露目というのはかなり不自然である。どんな裏の事情があったのか興味は尽きない。

 問題は、この五馬図巻の出現があまり注目されていないことだ。東博が、顔真卿展を前面に押し出していないからといっても、展示目録には入っているのだから、五馬図巻に気づいてメディアはもっと騒いでもいい。調べた限り、五馬図巻に関して、主催者の毎日新聞と読売新聞のコラムが小さく紹介しているぐらいだった。

 そこには、日本の文化報道の病弊があると思える。新聞・テレビの大手メディアには文化部があり、芸術担当がいて、中国美術に詳しい記者も多い。しかし、日本のメディアは美術展をメディアの主催で開催する慣習があるため、自社主催のときは熱心に報道を行うが、他社主催のイベントは報道する価値があるものでも無視する傾向が強い。

 報道機関の責任を放棄するに等しい行動なのだが、各社とも経営方針に隷属する取材に慣れきってしまって、個別に問題意識を持っている記者はいても、組織として自社イベント優先報道スタイルが改まる様子はない。

 今回の顔真卿展にしても、世界が注目する展示会であるのに、主催の毎日新聞以外の報道はほとんど見かけない。ましてや五馬図巻に注目することなど思いもつかなかったのではないだろうか。だがこれは間違いなくニュースである。

 もう一つの問題は美術の専門家のサイドにもある。五馬図巻の出現は一部の専門家の間では話題になっていたが、それ以上は広がらなかった。そこには、中国美術の知識があり、文筆家としても一流であるという人材が払底していることも関係がある。中国美術の面白さを、仲間内の専門家だけに伝わるような狭い言語ではなく、大衆に向かってわかりやすく語れる評論家や美術史家の不在が響いている。

顔真卿展の看板(写真:筆者提供)

 あと2週間足らずで終了する顔真卿展に行く人は、五馬図巻を見逃さないでほしい。「祭姪文稿」で行列に並ぶのは嫌でも、五馬図巻ならば並ばないで見られる。「祭姪文稿」と等しいぐらいの価値のある作品である。そのために上野公園に足を運んでも勿体なくはないと私は思う。

  
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