西山隆行が読み解くアメリカ社会

2019年3月1日

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西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

「すべての人にメディケアを」
制度変更は容易ではない

 第二に、すべての人にメディケアを(メディケア・フォー・オール)という考え方は、公的医療保険の拡充を目指そうとする立場である。前編でも指摘したとおり、アメリカでは国民皆医療保険が公的に制度化されておらず、政府が提供する医療保険は、退役軍人や公務員を対象とするものを除けば、児童向けのもの(CHIP)、貧困者向けのもの(メディケイド)、高齢者や一部の障碍者向けのもの(メディケア)に限られる。この立場は、メディケアの受給資格を拡大することで、政府が提供する医療保険制度を利用したいと考える人が利用できるようにしようとするものである。

 ここで想定されている内容は、実は論者によって異なっている。オバマ政権期に国民皆医療保険の制度化が目指された時にパブリック・オプションと呼ばれた内容、すなわち、現在の民間医療保険に加えて、政府が提供する医療保険に加入する選択肢を提供しようという立場がある。また、シングルペイヤー・システムと呼ばれた内容、すなわち、既存の民間医療保険を廃止し、連邦政府が管掌する医療保険で全ての人々をカバーすることを目指そうとする人もいる。ハリスが後者の立場に賛意を示して論争を招いているのは、前編でも指摘したとおりである。

 医療保険は、健康に関するリスクを広範囲の人々で共有することで困難の軽減を目指すものであることを考えると、シングルペイヤー・システムの考え方は理論的には合理的かもしれない。だが、今日のアメリカでは、民間医療保険が発達しており、多くのアメリカ人がそれに加入している。今日のアメリカで5000万人近い人が無保険状態にあることが驚きだとしばしば説明されるが、公的医療保険が限定的であるにもかかわらず国民の6人に5人が医療保険に加入していることにむしろ驚くべきだろう。民間医療保険はかくも発達しているのである。

 公的医療保険の拡充提案は、すでに民間医療保険に入っている人々に、自らの医療保険を取り上げられて水準の低い保険を利用させられるのではないかとか、現在保険に入っていない人を助けるために多くの税金を取られることになるのではないかというような不安を抱かせることになる。オバマ政権期にパブリック・オプションの導入すらできなかったことを考えれば、制度変更を行うのは容易ではない。

富裕層への増税はどの程度が妥当か

 第3に、近年の民主党左派の中には、高所得者に高い税率を課すよう提唱する人が増えている。これは、富の大半が上位1%の富裕層に独占されていると主張したウォール街選挙運動からつながる考え方である。例えば、オカシオ=コルテスは年収1千万ドルを超える課税所得のある人に70%の限界税率を適用するよう提唱している。また、ウォーレンは5千万ドルを超える資産を持つ家計に2%の、10億ドル以上の資産のある家計に対し3%の税を課すことを提唱している。

 なお、この問題について考える上では、アメリカの税制のあり方についての理解が必要になる。一般に、ヨーロッパの国々は、高所得者に多くの負担を課し、低所得者の支援をしていると理解されている。たしかに、ヨーロッパの多くの国では政府支出について再分配的性格が強い。だが、税の徴収に関して考えると、実はヨーロッパの多くの国々は売上税に重きを置いているため、その累進性は低い。他方、アメリカの場合は、政府による再分配的な財政支出は弱いが、税の徴収については累進性が高い。

 というのは、連邦政府は所得税を中心に税制度を構築していて、連邦所得税は累進性が高く、国民の所得の低い人々(およそ50%)はそもそも連邦所得税を払っていないからである(アメリカにも売上税は存在するが、それは州や地方政府によって課されるものである)。選挙の際に共和党候補が、貧困者は所得税を払っていないと主張しているのは実は正しい指摘であり、この点を不平等と捉える納税者がいる点をまず理解する必要があるだろう。

 なお、ウォーレンやオカシオ=コルテスらの提唱する考え方がどの程度過激か評価するのは実は難しい。なぜならば、全体的な富の分布や個々人を取り巻く経済状況は時代によって大きく変化しており、客観的な評価をするための基準を定めるのが困難だからである。

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