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2019年3月5日

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イギリスのテクノバンド「プロディジー」のボーカル、キース・フリントさんが亡くなった。49歳だった。

蛍光色に染めて立たせた髪型とエネルギッシュなパフォーマンスで知られたフリントさんは4日、エセックス州ダンモウの自宅で亡くなっているのが発見された。

プロディジーの公式インスタグラムでバンドリーダーのリアム・ハウレットさんは「自分でもこんなことを言うのが信じられないけれど、僕たちの兄弟キースがこの週末、自分の命を絶った」と報告した。

「ショックで呆然としている(中略)怒っているし、混乱しているし、胸が張り裂けそうだ」

プロディジーは公式ツイッターでも、「大きなショックと悲しみの中、私たちの兄弟で大親友のキース・フリントが亡くなったことを報告します。本物のパイオニアで、革新者で、伝説でした。彼の不在を永遠に感じ続ける。関係者のプライバシーへの配慮に感謝します」という声明を発表した。

エセックス警察は声明で、「3月4日月曜日の午前8時10分過ぎ、ブルック・ヒルに住む男性の安否を懸念する通報がありました。残念ながら我々が到着した時、49歳男性の死亡が現場で確認された。家族には連絡済みです」と発表している。

プロディジーは5月からアメリカ・ツアーが決まっている。

https://twitter.com/the_prodigy/status/1102547363305086978


訃報が伝わると、フリントさんの友人やファンの追悼の言葉がソーシャルメディアにあふれかえった。

イギリスのテクノ・ユニット「ケミカル・ブラザーズ」のエド・サイモンズさんは、フリントさんは「一緒にいるととても楽しい、素晴らしい男だった」と思い出を語った。

歌手のジェイムズ・ブラントさんはツイッターで、以前ある授賞式で他のアーティストから一緒の写真撮影を断られたものの、「キース・フリントは僕のところに来てハグして、僕の成功を祝ってくれた」というエピソードを語った。

「キース、あなたには一度しか会ったことがないけれど、あなたの死を聞いて泣いている。僕たちの業界では優しさに対する賞はないけれど、もしあるならグラミー賞はあなたのものだ」

キース・チャールズ・フリントさんは1969年9月17日、エセックス州ブレイントゥリーに生まれた。

1990年にプロディジーを結成。初めはダンサーとしてバンドに参加し、その後ボーカルに転向した。

プロディジーが世界的に有名になったのは1996年に発売した「ファイアスターター」で、フリントさんはここで初めて作詞を担当した。

フリントさんは「ファイアスターター」発売当時、BBCのインタビューで「自分自身には、火を付けるために必要なものはない」と語っている。

「5000人の観客を前にステージに立つ。音楽と視覚的なパフォーマンスの助けがあれば、観客を興奮の渦に巻き込める。それが火を付けるってこと、暴徒を生み出すってことだ」

BBCの音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」で「ファイアスターター」の映像が放映されると、ロンドン地下鉄の駅でヘッドバンギングをするフリントさんの姿に子どもが怖がっていると苦情が殺到し、BBCはこのバージョンの放映を禁止した。

うつから薬物依存に

フリントさんは一時期うつを患い、処方薬の依存症に悩まされたこともある。

2009年の英紙タイムズのインタビューでは当時を振り返り、「薬をずらっと並べて、いくつ飲んだか分からなくなって気を失うまで飲み続けた」と語っている。

2006年に現在の妻の日本人女性と出会い、結婚してからは薬物とたばこ、アルコールの摂取を絶ったという。


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(英語記事 The Prodigy's Keith Flint dies aged 49

提供元:https://www.bbc.com/japanese/47451111

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