2024年4月26日(金)

赤坂英一の野球丸

2019年3月27日

なぜ「100球」なのか

 しかし、ここで素朴な疑問がひとつ。それは、なぜ「100球」なのか、だ。100球が投手の肩や肘に負担を与えるというのなら、80~90球ぐらいで痛みや違和感を覚える投手もいるはずだろう。

 アメリカのベースボール・コラムニスト、ジェフ・パッサンは、投手の肩、肘の故障について様々な症例を取材、『豪腕/使い捨てされる15億ドルの商品』(ハーパーコリンズ・ジャパン)というノンフィクションの力作を著している。恐らく、トミー・ジョン手術(靱帯再建手術)をはじめとした投手の身体的負担と治療法について、いま最も詳しい本だろう。パッサンもこの本の中で、100球という球数制限には確たる科学的根拠などないのではないか、という疑問を提示している。

 本書によれば、アメリカでは1996年、野球マニアの医学生5人のグループが、『ベースボール・プロスペクタス(野球趣意書)』という本を出版、球数と投手の肉体に相関関係についての新たな見解を打ち出した。98年には彼らのウェブサイトで「投手酷使ポイント(PAP)」という投手の疲労度、故障の確率を数値化する方法を発表。100球以上の球数が肩、肘を壊す可能性を具体的な指数にして算出し、野球界でもスポーツジャーナリズムでも一時大いに注目された。

 しかし、それではなぜ、100球という球数が基準になったのか。PAPを考案した医学生は「100は単なる出発点だった。あれをPAPの基本線にしたのは、99球までは害がないと思っていたからに過ぎない」と、パッサンのインタビューに答えている。何の根拠もなく100球を基準にしたことに「罪の意識を覚えている」というのだ。

 その後、PAPはセイバーメトリクス(統計学的見地による野球の分析法、選手の評価法)論者などから様々な批判を浴びて、現在ではあまり顧みられなくなったという。この顛末から、「なぜ境界線が100球に定められたのだろう。それは区切りのいい数字が好まれるからではないか」とパッサンは推測している。

 続けて「2000年以降、(メジャーリーグでは)シーズン4000球以上投げたのはランディ・ジョンソン(2度)とリバン・ヘルナンデス(1度)しかいなかった。2015年には、3500球を超えた選手はひとりもいなかった。今日では先発投手の球数が100に達するとあたりまえのようにブルペンが動き始める」と書きながら、「しかし、(中略)投手の球数は減っているのに腕を痛める投手は増えている」とパッサンは指摘する。

 そして、投手が腕を痛める原因は1試合の球数だけでなく、「イニングあたりの球数」「そのとき投げた球のスピード」「スピン量」「スピンをかけるときの腕の疲労度」、さらに「腕以外で――頭から爪先までとその間で起こる小さな運動連鎖で――どれだけ疲れを補えるのか」等々、様々な要因が絡んでいるのではないか、と考察を展開している。

 少なくとも、球数を一律に制限すれば投手の肩、肘の故障を未然に防ぐことができるというほど単純な問題ではないようだ。「障害防止有識者会議」のメンバーをはじめ、プロアマ球界関係者には、様々な視点、いろいろな角度からこの球数問題を検討していただきたい。

  
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