この熱き人々

2019年4月25日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

ディアボロに魅せられて

 23歳でこの世界に飛び込んで今年で8年目を迎える。そもそも大道芸一本で生きている人は日本にどのくらいいるのだろうか。

 「仕事を別に持って、趣味的に大道芸をやっている人は1000人以上はいるんじゃないかな。ここ静岡ではフェスティバルやコンテストに出ている人は10人くらいで、意外に少ないんです」

 しかし、ジョー次が大道芸と出会ったのは、静岡で生まれたからともいえる。静岡市では92年から毎年11月に「大道芸ワールドカップin静岡」というイベントが開催されていて、最近では200万人を超える人々が集まる。アジア最大級の大道芸フェスティバルで、世界各国からさまざまなストリートパフォーマーもやってくる。

 ジョー次は、中学2年の時に友人に誘われて初めてこのイベントを見に行った。そして、大道芸の道具を販売する店の体験コーナーで、ディアボロを実際に手にしたのだという。

 

 「その場で回し方を教わって、面白かったので一番小さなコマを買ったんです。大きいほうがやりやすくて小さいのは難しいんだけど、お小遣いで買えるのは小さいのだったから。当時はユーチューブとかなかったから、ワールドカップのディアボロをビデオに撮って真似して覚えてました。簡単な技ができるようになるとハマってしまって、ジャグリング交流会に顔を出して上手な人の練習をビデオに撮らせてもらったりしてね」

 最初の目標は中学で毎年行われるバザーでパフォーマンスすることと定め、すでにディアボロを始めていた人たちのチームに参加して4人で団体練習。静岡県立静岡農業高校に進学すると、「静農祭」のパフォーマンス大会に毎年出場。

 「1年生、2年生の時はボロボロだったんですけど、3年生の時はものすごく一生懸命準備して本番に臨み、銀賞だったんです。金賞は弾き語りの人でした。その時、集まった人がすごく盛り上がって、自分でもすごく気持ちがよくて、パフォーマーの楽しさに目覚めたというか。あの感覚が忘れられないものになりました。それと一生懸命やればできるんだという実感も得られたと思っています」

 

 高校3年といえば、進路を決めなければならないタイムリミットが迫る時期でもある。ただ、その時には大道芸で生きていくことは全く考えられず、将来は土木か設計分野の仕事に就こうかと何となく思って、静岡産業技術専門学校に進学。ここでいろいろな資格を取得した中に3D CAD(キャド) があり、設計に興味を持ったことで卒業後は製造業の会社に就職。一度は技術者として堅実にサラリーマン生活を送っていたということだ。が、2年で会社を辞めた。

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