迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年3月27日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

西川社長はなぜ「深く考えなかった」のか?

 西川社長も若い頃、日大のアメフト部員と同じような日常があったのではないかと推測する。そして「深く考える」こととの断絶が生まれ、知らないうちに深く考えなくなり、深く考える力も失われた。ゴーン被告とケリー被告との間で話ができているのだから、深く考える必要もなく、渡された書類にサインをしてしまった。

 もしその当時、西川社長が問題となる報酬について「深く考えた」なら、どうなっていたか。不審に思えた報酬について根掘り葉掘りゴーン氏やケリー氏に追及すべく、議論を持ちかけたに違いない。「ゴーンさん、ケリーさん、恐縮ですが、この報酬の詳細について説明をお願いします。なぜ、その報酬があるのですか。どういう根拠や基準で決めたのですか」と。

 なぜ、西川社長は議論を持ちかけることができなかったのか? その前に、議論を持ちかけたらどうなっていたかを考えてみたい。結果的に、西川社長の牽制により、不正の報酬計上も、有価証券報告書の記載漏れも避けられたかもしれない。日産自動車という会社は、不正行為による不利益や損害から守られたかもしれない。それはまさに西川社長の「もう1人の自分」の出番であり、本来、社長として為すべきことであった。

 だが、一方で西川社長はこのような議論を持ちかけることによって、ゴーン氏から睨みつけられたかもしれない。あるいは潜在的な対立が顕在化し、ゴーン氏との関係が一気に険悪化し、西川社長の個益には不利な展開になったかもしれない。そこに西川社長のリアルな自分があったと推察される。

 西川社長は「もう1人の自分」から「リアルな自分」を否定されないためにも、「深く考える」ことを避けるよりほかになかった。結果的に、彼は、「深く考えなかった」のだ。

 反対の仮説を見てみよう。西川社長がもし深く考え、「もう1人の自分」から「リアルな自分」を否定されても、ゴーン氏やケリー氏に異議を申し立て、堂々と議論を促していたら、どうなったのだろうか。

 役員会には議事録がある。西川社長が疑問や不審に思っていた事項を役員会のアジェンダに上げ、議論したところで、一部始終をすべて議事録に克明に記録したとすれば、状況は一変していただろう。仮に悪事を企んでいたゴーン氏であっても、やりたい放題できなくなったのではないか。ゴーン容疑者が独裁者で暴走していたとすれば、牽制役の不在が主因だったのではないだろうか。独裁者の暴走を許した西川社長には重責がある。その責任は経営上の責任か、あるいは法的責任か、これからの調査で明らかになっていくだろう。

連載:迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

  
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