経済の常識 VS 政策の非常識

2011年11月25日

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 橋下徹・大阪府知事(役職名などは編集当時。以下同。編集部注)の率いる地域政党・大阪維新の会が、職員の処分基準を明文化した「職員基本条例案」と、教育に政治的に関与することを表明した「教育基本条例案」を成立させようとしている。

 両条例案では、府幹部や校長を内外から任期付きで公募するルールを盛り込み、全校長を任期付きで公募し、若手教員や民間から積極登用するという。また、5段階の相対評価で2年連続最低ランクの教職員を分限処分の対象とするともしている。さらに、知事や市長などが学校の教育目標を定め、その目標を実現する職責を果たさない教育委員を、議会の同意を得て罷免できるとしている。

 この改革案に対して、教育委員会や教育関係者は強く反対している。そもそも、教育委員会は、政治が教育を支配した戦前の軍国主義の反省に立ち、戦後、合議制の独立組織として各自治体に設けられたもので、「首長が代わるたびに目標が変わるのでは、教育の安定性や継続性が損なわれる」と批判している。しかし、実際の教育委員会は、非常勤の5人程度の委員が月1~2回会議を開いているだけのことが多く、独立どころか、文部科学省の教育行政を追認しているだけだとの批判もある。

 こうした反対論を、条例案は「政治が教育行政からあまりにも遠ざけられ、教育に民意が十分に反映されてこなかった」と批判し、「政治が適切に教育行政における役割を果たす」としている(以上は、各紙報道による)。

 橋下知事の教育委員会に対する反発は、知事の目指した「学力テストの学校別成績公表」に教育委員会が反対したことから始まっているように思われる。条例案にも「学力テストの学校別成績公表」が盛り込まれている。府教委は、当然、条例案にある学力テスト結果の公表政策についても「学校を序列化するものだ」と批判している。

 これに対し、橋下知事は、現行の教育委員会制度について、「保護者の感覚が届ききっていない」と指摘し、「教育行政は世の中の風にどれだけ触れているのか。選挙で通った維新メンバーの主張こそが、普通の府民感覚だ」と正当性を訴えた。

学校にできることはそもそも少ない

 多くの府民は、右であれ左であれ、極端なイデオロギーには賛成していないだろう。維新の会も、それに投票した人々も、軍国主義にも戦後直後の教育界で盛んだった左翼イデオロギーにも賛同していないだろう。首長が教育目標を定める規定があっても、左右のイデオロギーに従った目標を掲げるとは考えられない。勉学のレベルや生活習慣についての目標になるだろう。目標自体は争点にはならないだろう。

 おそらく、大部分の府民の感情は、教師がきちんと教えていないのではないか、教師という公務員が、雇用の安定を守られ、一般府民より高い待遇を受けているのにきちんと働いていないのではないかというところにあるのだろう。大阪府の教育改革とは、公務員バッシングの一環であると言える。

 こう考えると、両者が歩み寄る余地もある。まず、知事の教員評価は極端だ。5段階の相対評価で、2年連続で最低評価(下位5%)の教職員を分限免職の対象とするという。こうできたら良いのにと思っている民間企業の経営者がいるかもしれないが、実際にしている企業は聞いたことがない。外資にはしている企業があるかもしれないが、おとなしく辞めさせるために退職金の割り増しなどの金はかけている。

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