2024年4月19日(金)

イノベーションの風を読む

2019年4月9日

Whimの課題

 MaaSが、交通に関する社会問題を解決するためのサービスとして行政のコストで運用されるのではなく、従来の取引に存在するフリクションを軽減することによって収益を上げるためのマルチサイドプラットフォームを目指すのであれば、モビリティサービス事業者とユーザーという両サイドについて、継続的に価値を生み出すために適切な数(クリティカルマス)の確保が必要です。

 MaaSグローバルは、2016年末にWhimの限定的な提供を開始し、2017年11月に正式なサービスに移行しました。2018年の末には、登録ユーザーが7万人を超えました。ヘルシンキの人口60万人の約12%ですので、まだアーリーアダプターが利用しているという段階です。その大半は、月額料金のないWhim to Goの利用者です。

 MaaSグローバルは、MaaSを「いつでもどこでも気軽(on a whim)に利用可能なすべてのアセットをスマートに使用する」と定義しています。それによれば、公共事業者や民間事業者が提供する様々なモビリティサービス(アセット)を、ユーザーが、それぞれの目的や状況に合わせて、マルチモーダルに利用する過程のフリクションを軽減することがWhimの目的効果ということになります。それによって、ユーザとモビリティサービス事業者は、Whimに参加する動機となるような利益を得ることができるのでしょうか。

 すでに、HSLやヘルシンキのタクシー会社は、多くのユーザーと直接取引しており、独自のスマホアプリを提供して取引のフリクションを軽減しようとしています。HSLのスマホアプリを使えば、目的地までの徒歩を含めたルートを検索でき、その画面で2.2ユーロのシングルチケット(片道乗車券)を購入することができます。券売機で購入すると2.9ユーロ、バスの運転手から購入すると3.2ユーロです。

HSLアプリの画面(HSLホームページより)

 このアプリで、30日間乗り放題のシーズンチケットを買うこともできますが、価格は券売機でチャージするトラベルカードの場合と同じ54.7ユーロです。しかし、HSLの利用頻度が、シングルチケットや、1日~7日間の乗り放題のデイチケットで足りる程度であれば、Whim Urbanは必要ないでしょう。

 タクシーヘルシンキも、独自の配車アプリを提供しています。自動的に検出したユーザーの現在地だけではなく、ユーザーが過去の履歴や登録したお気に入りから選んだ場所にもタクシーを呼び出すことができます。目的地の住所を入力すれば、距離と運賃と所要時間の見積もりが表示されます。決済もアプリ内ででき、迎車料金も必要ありません。

 HSLとタクシーあるいはシティバイクの組み合わせだけでは、「ユーザーが、モビリティサービスをマルチモーダルに利用する過程のフリクション」は、それほど大きなものではないように思えます。スマホ画面に並んだアプリは、簡単に切り替えることができます。スマホユーザーは、いくつかのプラットフォームを同時に併用します。それはマルチフォーミングと呼ばれる、スマホエコノミーのユーザーの新しい行動です。

 報告書は、「世界が都市化し続けるに連れて、そしてより多くの人々が都市とその周辺との間を行き来するようになり、より効率的なモビリティサービスや、これまでになかった(ニッチの)モビリティサービスが開発され、そしてルートを選択しやすくするために、それらがわかりやすく統合されていく」状況の中で生じるフリクションを軽減するためにMaaSが必要になると説明しています。

 しかし、Whimで利用できるモビリティサービスには新しいものがありません。ニッチなモビリティサービスもありません。2018年11月から、WhimでALDのカーシェアが使えるようになりましたが、ステーションはまだ一ヶ所だけです。ヘルシンキで利用可能になったDriveNow(カーシェア)やUberのサービスは利用できません。Whimは、ユーザーの多様な目的や状況に合った最適な提案ができるように、より多くのモビリティサービスを提供する必要があるでしょう。

 では、モビリティサービス事業者がWhimに参加する動機はなんでしょうか。Whimに参加することによって取引が増大し、売り上げが増えるのでしょうか。2018年10月までに、Whimユーザーが180万の移動をしたと報告されていますが、2017年のHSLの延べの乗客数3億7500万の0.5%に過ぎません。

 「Whimユーザーは、ヘルシンキ住民の2.4倍タクシーを利用している」と報告されていますが、タクシーを頻繁に利用するユーザーが、Whim Urbanを利用するようになったとすると、頻度がさらに増えたとしても、5kmまでの料金の10ユーロの上限が、一乗車あたりの売り上げを低下させているかもしれません。

 フィンランドでは、すべての交通機関のプロバイダーに、チケットの全機能を第三者に提供することを法律で義務付けました。モビリティサービス事業者に参加する動機がなくても、MaaS事業者は、そのモビリティサービスのチケットを再販することができます。

 マルチサイドプラットフォームとしてMaaSを観るとき、ユーザーは、プラットフォームに対しては収入を生まない、またはプラットフォームから金銭的な報酬を得る「助成(subsidy)サイド」と考えることが自然でしょう。プラットフォームの立ち上げの初期段階において参加者を獲得するために、助成サイドに多くの報酬を与えることがあります。しかし、長期的な収益性を確保しようとする段階で、適切な価格設定に移行できるかが問題です。

 助成サイドの参加者が増え活性化するほど損失が増えるので、「マネーサイド」から、その損失を補填して余りある収益をあげる必要があります。HSLやタクシー会社が、実質的に割引価格で自社のサービスを提供しているWhimプラットフォームに手数料を支払うことはないでしょうし、その差額はWhimが補填しなければならないと思います。Whimのマネーサイドの見通しはあるのでしょうか。


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