WEDGE REPORT

2010年12月20日

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 この「二眼レフ論」のような「東京と張り合う志向」がもたらした典型例が関西新国際空港である。「成田があるなら関空を」─関空をどう作るかは70年代の関西財界における権力争いの主たるテーマになった。紆余曲折を経て、バブル崩壊後の94年に開港した関空と95年に開業したWTCビルは、大阪府、市の財政を今でも苦しめている。

 こうした要因が重なり合い、大阪は、全国でもワースト3に入る失業率と、極めてよくない財政を抱える地域になってしまった。結果、大阪市の生活保護費は税収の約半分を占めるまでに膨らんでしまっている。

 自治体国際化協会理事長で元奈良女子大学教授の木村陽子氏によれば、「大阪府は、もともと生活保護が多かったと思われがちだが、戦後すぐの51年には、生活保護率(人口に占める生活保護受給者の割合)は全国で2番目に低い0.15%に過ぎなかった」。しかし、大阪の衰退要因が重なり始めた70年代半ばから全国トップ水準の生活保護率に駆け上がっていった。

 足下でじわじわと進んだ産業構造の変化に対し、適切な対策を速やかに打てず、むしろ環境規制のように逆行する政策や、二眼レフ論のような無理な構想にこだわってしまった大阪。今でこそ、パネルベイや、橋下徹知事による「大阪都構想」、12月1日に発足した、2府5県による広域行政組織「関西広域連合」など、大阪・関西経済復活に向けてさまざまな取り組みが動き始めているが、いずれも時間がかかりすぎたのは事実である。手立てが遅れた大阪の“失われた40年”の代償が大きかったのは間違いない。

日本経済は大阪の二の舞いか(1) 企業から見捨てられる日本
日本経済は大阪の二の舞いか(2) 産業構造変化を甘く見た大阪
日本経済は大阪の二の舞いか(3) 生き残り戦略を大阪から学ぶ
改革のキーマンに聞く 「大阪都構想は大阪をどう変えるのか」 上山信一(慶應義塾大学教授)

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