この熱き人々

2019年5月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「俳句の世界でよく使われる言葉を使って事前にこじゃれた形に整えてしまうのは簡単なんです。でも、それと本人の言いたかったことが違っていたら何も納得できないでしょ」

 こうしなさいと説得されても動かないが、なるほどそうかと納得すれば人は動く。目から一つウロコが落ちれば、才能なし査定が2度目の挑戦で才能あり査定になることもある。

 「もうホント大変だけど、実は一番得をしているのは私かもしれないと今では思っています。この仕事のおかげで、あ、助詞ってこんなすごい働きをするのかとか、動詞のニュアンスや口語と文語のニュアンスなど、それまで知っていたつもりで俳句を教えてきたのに、こんな細やかなところを気付かずにいたのかと改めて教えられました」

 17音でここまで奥深い世界を表現できるのか。一つの文字を入れ替えるだけで伝わる波動がここまで変わるのか。視聴者もまた、爆笑し、やがて驚き、そして納得を繰り返しつつ、次第に自分も作ってみようかなという気分になっていく。そんな流れが生まれるのは、夏井の魅力によるところが大きい。名うての芸能人を相手に丁々発止、時にお笑い芸人も真っ青の強烈なアドリブ力、言葉の力だけで爆笑を誘う。

 切っ先鋭く斬り込んでいるようで実は寸止め。毒舌を吐いても、どこか温かい。原形をとどめないほどに添削しても、なぜかやさしい。夏井いつきとはいったい何者? ただ者ではなさそうなのは確かだ。

荒野に俳句の種を撒く

 「30年近く、松山を拠点に『俳句の種撒く人』を続けているので、基本的な活動はずっと同じです。ただねえ、地道にコツコツ手で種を撒いていた25年間と比べると、『プレバト!!』からの5年はバズーカ砲で撒いているくらいの違いがあります」

 全国に俳句の結社がたくさんあり、俳壇といえば17音に凝縮される孤高の世界の人たちのいるところという印象が漂う。少なくとも向こうから近づいてきてくれる印象はなかった。

 「意識が内へ内へと向かいやすく、さらに賞を目指して上へ上へと向かっていく。内と上へのベクトルしかない世界ではピラミッドの上に立つことが目的になって、100年後には先細りしてしまう。俳句の美しい森が消えるばかりか根もなくなって倒れてしまう。俳句と無縁の荒野に種を撒いて俳句の裾野を広げることで、外へ向かうベクトルができる。俳人の中には裾野が広がると山が低くなるという人がいるけど、私はそうは思わない」

道後温泉商店街にある観光俳句ポスト

 松山で「俳句の種撒く人」になる活動を始めたのは、100年先を見据えた俳句愛。が、当の俳句界から、最初はバッシングがひどかったという。松山といえば、正岡子規、河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)、高浜虚子らを輩出し、伝統から前衛まで近代俳句の源泉のような地である。それゆえに俳句の都としてのプライドが壁となって夏井の前に現れたのだろう。

 俳句に無縁な人たちに種を撒く方法として考えたのが、俳句甲子園。高校生が5人1組でチームを組み、俳句で競い合い優勝を目指す。今年で22回目を迎える俳句甲子園だが、構想当時はなかなか人々の理解を得られずに実現できない時期があった。そんな頃に夏井は、学校を中心に、まずは俳句の魅力を伝えるために参加者全員で楽しむ「句会ライブ」なるものを始めている。孤高の文学者を自認しているような俳句のイメージを壊して、みんなで楽しもうというライブ形式の句会だ。現状を守りたい保守には、斬新な試みは危険だと警戒される。

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