WEDGE REPORT

2019年4月16日

»著者プロフィール
閉じる

樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

産經新聞元論説委員長

産經新聞元論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

 世にさまざまな職業があるが「いるだけ」が仕事というポストもないわけではない。合衆国副大統領も、そのひとつと思われている。大統領が死亡するか、辞職しなければ出番はめぐってこない。地味というにはあまりに〝人畜無害〟な職だ。そういう評価は正しいのか?いま各地で上演中の映画「バイス」は米副大統領へのイメージを大きく変えてくれる。

チェイニー副大統領役を務めたクリスチャン・ベール氏(左、 REUTERS/AFLO)

 チェイニー副大統領がモデル

 「副」「代理」を意味するタイトルの映画は、2代目ブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニー氏の物語だ。

 名門エール大学に入学しながら、アルコールにおぼれ、成績不良で中退したチェイニーは、才媛の妻の助けを借りて電気工から身を興す。1960年代末、若き下院議員、ロナルド・ラムズフェルド氏(後に2代目ブッシュ政権の国防長官など)のスタッフの職を得たことが、人生を決める転機になる。ここで力量を見いだされ、フォード政権で34歳、史上最年少の大統領首席補佐官、下院議員、国防長官(初代ブッシュ政権)と次々に大舞台を踏んでいく。最後は副大統領。

 焦点が当てられているのは、副大統領時代の活躍、〝暗躍〟ぶりだろう。

 詳しいストーリーに触れるのは避けるが、チェイニーが副大統領職を受諾したのは、経験の浅いブッシュ氏(子)に代わって実権を握る野望からだった。それが実践されるのが2001年の9・11同時テロだ。事件当日、地方遊説中だったブッシュ大統領のワシントン帰着を安全上の理由から押しとどめ、ホワイトハウス地下の危機管理センターで陣頭指揮。予想される攻撃に対する大胆な手段を、大統領にもはからず独断で次々に指示していく。

 同時テロの報復として、実行グループ、アル・カーイダの掃討に加え、イラク進攻を強く主張、政権内の慎重論を排してブッシュ大統領に決断させる。この間、イラクが大量破壊兵器を開発し、アル・カーイダとあたかも緊密な連携をもつかのような印象を内外に植えつける。拷問もいとわず、政権に批判的な勢力に不利になるようなリークをあえてして、政権内部だけでなくフランス、ドイツなどの同盟国の慎重派を抑えていく。

イラク戦争の責任問う

 イラク戦争は短期間で終結をみたが、戦争中も決着後も、大量破壊兵器は発見されず、崩壊したサダム・フセイン政権とアル・カーイダとの直接的な連携を示す事実も出てこなかった。

 戦争の意義を問う声が米内外でいまもかまびすしいが、「バイス」は、「法律、憲法をねじ曲げた」として、「カゲの大統領」としての責任を問う。これに対してチェイニーは「私は謝罪しない。国民の安全を守るためにやることはやる」と反論する。

 筆者はイラク戦争当時ワシントン勤務だったが、取材経験と重なる部分が少なからずあり興味ひとしおだった。イラクの大量破壊兵器開発を否定する政府高官への意趣返しとして、その妻がCIA(中央情報局)要員であるとリークさせたこと(『女性スパイの跳梁、今も昔も、国際政治の裏の主役』、当サイト2018年7月28日アップ参照)、「何も挑発行為をしていない主権国家を攻撃するのか」と慎重論を唱えるパウエル国務長官に、国連安全保障理事会での〝証拠提示〟演説を強要する経緯―など観ていて、そうだったのかとあらためて納得させられた。パウエル長官の国連演説は日本でも大きく報じられた。

関連記事

新着記事

»もっと見る