WEDGE REPORT

2009年10月20日

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澤 昭裕 (さわ・あきひろ)

国際環境経済研究所所長

1957年、大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)入省。東京大学先端科学技術研究センター教授等を経て現職。21世紀政策研究所研究主幹も務める。

 欧米の温暖化対策有識者・研究者の間では、経済への悪影響を最小限に抑えるため、次期枠組みにおける自国の温暖化対策は、限界削減費用が50~60ドル/トンCO2まででできる対策の範囲で行うのが限界という見解が支配的である。そうした背景があるため、各国とも今回の鳩山総理の25%削減提案は驚きをもって迎えられたわけだ。各国とも日本のエネルギー効率が世界で最優秀であることは分かっているため、この構想の政治性は理解しても、実行可能性があるプランだとはみなされていない。それどころか、日本がこれまでどおり限界削減費用基準を持ち出して、自国に削減目標の深堀りを要求してくるのではないかと懸念している。EUは、「これでわれわれの目標に近づいた」と高みからの物言いで日本からの要求を封じ込めた。米国は「大胆な案に印象付けられた」(オバマ大統領)と評価とも皮肉ともつかぬ反応で、自国はいまだ中期目標をコミットしていない。途上国は鳩山総理の姿勢を評価するのみで数値的には不十分とし、自らが削減義務を負うことには依然として慎重である。結局日本以外は誰も、自らに不利になることには言及しないという姿勢を崩していない。

 コペンハーゲンまで残された時間は少ないが、鳩山政権は今後どのような外交を展開するつもりだろうか。キーワードの最たるものである「公平性」についての自らの定義もあいまいなままでは、各国とも日本の言うことに耳を貸さない。これから2カ月、利害対立する各国の「架け橋」(鳩山総理)になるために、どのような論理で先進国には何を求め、途上国をどのように巻き込んでいくのか、まったく見えない。もし限界削減費用を公平性の基準としない、という方針ならば、新たな基準に関する考え方を明らかにすることが必須である。そして、その基準は、国際世論を納得させて各国もついてくるような真の国際的リーダーシップを日本にもたらすものである一方、日本の削減分担やコスト負担を不利にさせるようなものであってはならない。そうでなければ、トップダウン・アプローチに方針転換した意味がない。日本だけが不利になって決着するならば、京都議定書の二の舞であり、国際的には外交交渉下手という評価が定着してしまうだろう。

環境と経済の両立を無視

厳しい削減目標を達成するためには経済成長を抑制せざるを得ない
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 右図を見ていただきたい。横軸がCO2換算温室効果ガス安定化濃度、縦軸がGDP損失である。掲載されているすべての経済モデルにおいて、横軸の左側に行けば行くほど、GDPロスが増えるという関係が描かれている。安定化濃度を低く抑える、すなわち、厳しい削減目標を達成しようとすればするほど、経済にはコストがかかるため、経済成長が抑制されるという関係にあるということである。地球温暖化対策は、先進国、途上国問わず、生活水準を豊かにするための経済成長を達成しつつ、国民生活に不可欠な化石エネルギー消費をどのようにして削減していくかというジレンマそのものなのである。だからこそ、「政治主導」でなければ解決しないという主張であれば、まだ理解できる。

 しかし、こうしたジレンマそのものが存在しないという主張は、国民に対する説明責任を放棄しているにとどまらず、政権への信頼を欺くものと言わざるをえない。鳩山総理は、90年比25%削減構想が、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「科学の要請」としている。IPCCは分析機関であり、「要請」している事実はない。しかし、もしIPCCの分析をもとに政策を進めるというのであれば、同じくIPCCが分析して公表している「削減目標がもたらす経済への悪影響」から目をそらすことは許されない。

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