世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年5月16日

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 4月21日、ウクライナ大統領選挙の第二回投票(決戦投票)が行われ,ゼレンスキー候補が73.2%という驚異的な得票率を得て現職大統領のポロシェンコ(得票率24.5%)を圧倒し、勝利した。コメディアンで政治経験ゼロのゼレンスキーをウクライナという重要国の大統領として迎える上で、以下の3点に留意しておく必要がある。

(SrdicPhoto/archideaphoto/gsermek/iStock)

 第一に、ウクライナにとっても我々にとっても目下最大のリスクは、ゼレンスキー大統領の行政能力である。素人であるのはゼレンスキー本人だけではない。決選投票の数日前、ゼレンスキー陣営は大統領になった場合の側近20名の名簿を公表したが、その中に行政経験のある者は殆どいない。ゼレンスキーが適材適所の人材をそろえることができるのか、仮にできたとしても、これらを統率していけるのか、現時点では誰も確信を持てないでいる。

 今後、仮に大統領が別の勢力により背後から操られることになるとすれば、最もあり得るのはオリガルヒ(新興財閥)であり、オリガルヒ間の勢力争いによる政局の不安定化が懸念される。ゼレンスキーが大統領である間にウクライナの中に自国に有利な政治勢力を作り出そうとする国は、ロシアと中国である。彼らは既に議会に一定の地盤を有している。このような背後から操ろうとする勢力は、今後更に首相(ないしその候補)を取り込んで,場合によっては憲法改正にもちこみ,首相により大きな権限をもたせて大統領権限を形骸化し、実質的な支配体制を築こうとする可能性もある。

 第二に、ロシアとの関係について、ゼレンスキーがより融和的な政策をとる可能性を指摘する向きもあるが、実際にはその可能性は低いと思われる。仮にゼレンスキーがそのような動きに出たとしても、これが議会や国民レベルで受け入れられることはないであろう。ウクライナが今後向かうべき戦略的方向性として「西(EU)か東(ロシア)か」という議論は既にけりがついており、今日のウクライナでロシアに向かうベクトルが強くなることはない。ここ1~2年の間にウクライナの対露感情は相当に好転しているとして,このような世論の変化が,反露一辺倒のポロシェンコに対してロシアとの「対話」を標榜するゼレンスキーの勝利につながったとする見方があるようであるが,これは今日のウクライナの実情を正しく反映したものとは言えない。ウクライナにおいて,政策的な面を含めロシアとの協調を受け入れても良いと考える層の割合は1割強程度で,圧倒的多数のウクライナ国民は,ロシアの政策に反感を有している。仮にゼレンスキーがロシアに対して主権や領土に関連する問題で妥協的な姿勢で接するとすれば、必ず国民の反発を招くであろう。

 これに対しロシアは、とにかくポロシェンコが大統領になることだけは防ぎたかったと見られるが、ゼレンスキーになったからと言って、ウクライナをその影響下におくという戦略目標を変えることはない。その上で,ウクライナとの交渉においては引き続き妥協せず、逆に様々な形で揺さぶりをかけてくる可能性がある。

 第三に、意外と忘れられがちであるが、中国との関係について一定の変化が生じる可能に十分留意する必要がある。ポロシェンコ大統領は安倍総理と複数回にわたって会談し、日本を重視してその関係を発展させていくことに意欲を持っていたことは間違いない。これに対し中国との関係については、貿易を中心とする経済関係は進めるものの、安全保障に関連する問題では一定の警戒感をもっていたと見られる。この認識は,大統領府の側近にもおおよそ共有されていたと言って良い。ウクライナがいわゆる「16+1」(一帯一路の一環として2012年に創設された中国と東欧16カ国による枠組み。今年4月にギリシャが加わり「17+1」となった)に参加せず、また一帯一路の覚書にも署名してこなかった背景には、このようなポロシェンコの対中認識があったといって良いであろう。これに対し、ウクライナ議会には、資金力にモノを言わせた中国の影響力が相当に浸透しており、既に相当数が何等かの形で中国マネーの恩恵にあずかっているとも言われている。重要なのは、ゼレンスキーが勝利した今、中国に対し安全保障の観点から警戒感をもって接するべきと考えてきたポロシェンコ大統領並びに側近が一掃され、中国の影響が相当に浸透している議会(選挙は10月)が残るということである。日本と西側諸国は協働し、安全保障の文脈での対中政策のあり方という観点から、ウクライナの新政権に対するアプローチを真剣に考えることが求められている。
 

  
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