この熱き人々

2019年6月25日

»著者プロフィール
閉じる

吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

命を守りつなぐ責任と喜び

 遠藤がチームリーダーとして出産に立ち会ったのは、16年生まれの結浜から。結浜は双子ではなく1頭で生まれ、誕生時の体重は白浜の中では最も重い197グラム。重いといっても、母の500分の1。もう少しお腹の中で大きくしてから産めないものかと思う極小サイズであることに変わりはない。ちょっとした変化が赤ちゃんの命取りになる。

 そして無事に結浜が独り立ちした翌年、彩浜が誕生した。結浜の時に24歳で世界最高齢での自然交配成功記録を打ち立てた永明が、自らの記録をさらに更新して26歳で父になったのだが、生まれた娘は誕生時の体重が75グラムという超極小サイズ。結浜の3分の1に近い。もちろん白浜で最小の赤ちゃんである。

 

 「出産予定が近づいても、出産前に見せるいつもの際立った変化も見られないので、もしかしたら偽妊娠か、出血があったので流産したのかと心配でした」と遠藤は振り返る。

 出産のための臨戦態勢を一度解いて様子を見ることにして、スタッフ1人だけを残して帰りかけていた時に、良浜が突如出産した。まだ園内にいた遠藤は、連絡を受けて直ちに戻ったという。

 「良浜が生まれた子をしっかり抱いていましたが、すごく小さかったし、動かないし鳴かないし、生きているのだろうかと思いました。体温が下がらないよう保育器に移し、母乳を吸う力がないので搾乳して与えました。通常は体重測定や健康チェックの時以外は母親がずっと抱いて育てるのですが、彩浜は、基本は離して体温が上がってきたら時々母親に戻すという逆転が続きました。2週間を過ぎた頃から、戻す時間を少しずつ長くしていきました」

 子供と離す時間が長いと育児放棄の心配も生じるが、遠藤は母性愛の強い良浜を信じて、消えてしまいそうな彩浜の命を守ることに専念。生後2日で、初めて母乳を吸うことができた。

 「良浜はすぐに抱いて授乳し、子育てを始めてくれました」

 パンダチームの祈るような努力で、彩浜は7カ月で体重が12キロを超えた。生まれた時の160倍に成長し、遊具で遊んだり母親に甘えたり、竹を振り回したり元気に動き回っている。しかしやがて彩浜も独り立ちする日がやってくる。

飼育員とパンダたちは家族のように仲良し
 

関連記事

新着記事

»もっと見る