オトナの教養 週末の一冊

2019年5月24日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

――エスニックフードや中南米の食文化の流行は、ヒスパニック系移民の増大など人口構成の変化と関係があるのでしょうか?

鈴木:中南米系の食文化の影響が強く表れているのは、ヒスパニック系移民の増大と関係があると考えられます。アジア系はヒスパニック系ほどの増加を見せていませんので、アジア系料理の流行に関しては、そうとは言い切れません。むしろ、ヘルシー志向が和食への関心の増大につながったことが大きいと思います。

 こうしたフュージョン料理の流行で大事なことは、アメリカの食文化が、国境の外の食文化に対してより寛容になっていることです。これは、トランプ政権のアメリカ第一主義や移民排斥とは正反対の流れで、食という文化の次元を見れば政治とは明らかに異なる現象が起きています。

――現在のアメリカで食に関する新しい試みはありますか?

鈴木:新たな試みとしては、CSAや屋上有機農園ですね。CSAは、地域支援型農業と言われ、地域住民がお金を出し合い、農民を雇い有機野菜を生産してもらうという取り組みです。まだまだ一部の人たちだけが参加している状況ですが、長期的に見ると未来を大きく可能性を秘めています。

 こうした試みに参加している人たちの根底には、ファーストフードによって農業の形が歪められてしまったという危機意識がある。巨大な食糧購入業者となったファーストフードが、低価格での大量生産を農家につきつけることで、アメリカの農業には、親工場と下請け工場の関係に似た、あたかも工業生産のような傾向が見られるようになった。小規模農家の経営が苦しくなり、効率的生産のために遺伝子組み換えの品種の単作がますます普及しています。生態系や環境が損なわれることへの懸念が、新たな農業の模索の背景にはあるのです。

 とりわけCSAは、安全な食糧の生産・流通・消費を競争的市場万能主義から守り、収益性よりも住民の暮らしと環境保全を重視した、効率から公益へという新たな社会的潮流を生み出しつつあります。しかし、有機農業はまだコストがかかるため、その恩恵は低所得層にまで届いているとは言えません。さまざまな所得層の人々を地域社会として束ねた形でCSAが発展できるかどうかに注目しています。

――有機農業でつくられた作物には、低所得層はまだアクセスできないと。低所得層の子どもには、ファーストフードなどの食事が多いために肥満などの問題が起きていると聞きます。所得により、食が分断されているのでしょうか?

鈴木:食の形態としては、所得に関係なくフュージョン的傾向が強まっているといえます。ただし、その食材に注目するとその傾向はあると思います。そもそも所得格差の原因は何かを考えると教育格差に突き当たります。貧しいマイノリティは、教育へのアクセスが十分ではなく、結果的に高収入をなかなか得られません。一方、富裕層は、高等教育を受ける機会に恵まれ、教育を受けたることで食や環境に対する問題意識も芽生え、購入できるだけの所得もある。

 貧しい人たちが、オーガニックな食材を買うことができなくても、学校教育での食育を行うことで、食への問題意識を持つことはできます。かれらの将来のためにも、食育は非常に重要です。

――公立学校では給食にファーストフードを食べる学校がありますね。

鈴木:レーガン政権以降、基本的にアメリカはさまざまな分野で予算が削減されています。教育分野も例外ではなく、公立学校の教師たちの給与も非常に低く、生活に困窮し、ストライキを起こす事態にまで発展しています。一方で、先進国のなかでは珍しく移民の流入で人口は減っていない。そうした状況で、学校も給食に割ける予算が非常に限られている。そうなると低コストなファーストフードになってしまうのです。

 また、一部の学校では朝食も提供しています。保護者が十分な養育ができない、朝早く出勤してしまう、貧しいために仕事を掛け持ちしている家庭の子どもたちは朝食を食べずに登校するケースも珍しくはありません。朝食と給食の2食を提供することになれば、ただでさえ予算がない学校ではファーストフードしか選択肢がありません。

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