WEDGE REPORT

2019年5月24日

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田中浩一郎 (たなか・こういちろう)

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授

東京外国語大学大学院アジア第2言語修了後、在イラン日本大使館で専門調査員、国連アフガニスタン特別ミッション政務官等を歴任。2012年より日本エネルギー経済研究所常務理事を経て、17年より現職。

「アラブの春」で変質した中東の秩序

 2017年の政権発足以来、トランプ大統領は、オバマ前政権時代の多くの政策を否定してきた。イラン核合意を酷評した揚げ句、一方的に離脱したのもその一環だ。だが、中東などでの米国のコミットメントを減らすという方針は、2人の大統領の間で共通する。同盟国に安全保障上の自助努力を求める上で、米国製の最新鋭兵器の売却を推進する点でも両者は似ている。もっとも、売却相手の国内事情や紛争への介入状況を考慮したのがオバマ氏だったが、米議会から寄せられる懸念に一瞥(いちべつ)もくれず、セールスマンとしての自らの有能さを謳(うた)い、野放図にこれを進める点で現大統領は大きく異なる。

 中東地域に変化の波をもたらしたのは、約10年前に起こった「アラブの春」だ。この政治社会運動の成否および功罪について確固たる評価を下すには時期尚早であるが、これを契機として長年の中東における秩序が変質したことは間違いない。それは多くのアラブ諸国が体験した、自信の喪失と米国への信頼の消失によって成立している。

 「アラブの春」では磐石(ばんじゃく)と考えられたアラブ強権体制がいとも簡単に崩落し、同盟国が信頼を置いていた米国からの支持すら儚(はかな)く霧消した。時期的に米国の「シェール革命」による対中東依存度の低下や米国の外交・軍事力のアジア・シフトも相まって、親米アラブ諸国の危機感の高まりは尋常ではなかった。現実として、米軍は、イラクから撤退し、アフガニスタンから大半が引き上げた。ほどなくしてイランとの核交渉が始まり、潜在的な脅威であるイランの国力回復と国際社会における発言権の拡大を警戒するアラブ諸国は、核合意がもたらす制裁解除に危機感を募らせた。

 トランプ大統領が宿敵イランとの核合意をキャンセルし、同盟国の信頼回復に努めたとしても、米軍駐留費の負担を求める彼の言動や「米国第一主義」によって効果は相殺される。頼りにしてきた米国に疑念を抱くアラブ諸国は、各国が独自に外交・安全保障政策を追求していくばかりである。結果、統制や調和が弱まり、同盟国同士でも利害対立が表面化している。サウジアラビアなどによる対カタール断交、飛び地とイエメン内戦をめぐるUAEとオマーンの間の確執、「アラブ版NATO」構想からのエジプトの離反など、親米国家間に齟齬(そご)が見られる。

 翻って見れば、トランプ政権の中東政策は、17年5月のトランプ大統領のリヤード演説で話されたイラン強硬策以外は、実態としてちぐはぐである。イランを実存上の脅威とみなすイスラエルに寄り添った政策を主軸として、それに適(かな)うイラン敵視政策の組み合わせによって成り立っているのが、仮に名付けるとすれば、中東における「トランプ・ドクトリン」である。

 最近、物議を醸したニューヨーク・タイムズ紙の風刺画がある。ダビデの星を首に下げた犬(ネタニヤフ・イスラエル首相)に引導される、キッパ(ユダヤ教徒の男性が被る円形の帽子)を被ったトランプ大統領とおぼしき視覚障害者。この画は、反ユダヤ主義的であるとして非難を浴び、同紙は撤回と謝罪に追い込まれた。だが、中東における米国外交が従来以上にイスラエルに誘導されていると見立てたのだとすれば、作画者の意図は正鵠(せいこく)を射ている。そして、この状況は、中東をますますきな臭くさせることとなる。

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■出口なき中東
PART 1 革命防衛隊をテロ組織に指定しイランの「脅威」を煽るトランプの思惑
PART 2   2つのジレンマに悩む最強国家イスラエルの意外な弱点
PART 3   党派性が強まる米国とイスラエルの「特別な関係」に孕むリスク
PART 4   米国の「自由と民主主義」に翻弄され「冷戦」に陥った中東

  
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◆Wedge2019年6月号より

 
 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 
 

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