オトナの教養 週末の一冊

2019年5月23日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

――80年代以降に外国人が増えてきたのはなぜでしょうか?

望月:ベトナムからの難民であるボートピープル、エンターテイメントのビザで入国しパブなどで働くフィリピンやタイの女性たちなど、様々な理由で経済成長を遂げた日本に対するアジア諸国からの流入が加速していきました。また、バブル景気に伴う人手不足によって、短期の観光ビザなどで入国して低賃金の労働者として働く出稼ぎの外国人も多かった。当時は、現在ほど取り締まりが厳格でなく、そうしたいわゆるオーバーステイの労働者の存在が許容されていたと言われています。

 大きかったのが日系ブラジル人やペルー人など日系人の受け入れが拡大され、89年の入管法改正により3世まで入国できるようになったことです。このときの入管法改正によって現在につながる在留資格の仕組みが整備されました。

――望月さんは、会社員時代から難民支援協会などNPOの支援に携わり、現在も日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」の編集長として外国人労働者の方々と接しています。日本では、外国人労働者は単に労働力として見られる側面が強いわけですが、かれらの日本での生活ぶりとは?

望月:例えば多くの外国人は工場で働いているのですが、工場内での仕事の時間だけで生活が完結するわけではなく、当然工場の外での日常生活があります。そうなると住まいや病院、買い物、銀行での本国への送金、子どもの教育などさまざまな課題が出てくる。こうした生活面での困りごとに関しては、いわゆる集住地域を中心に自治体が手厚くサポートしているケースもあれば、派遣会社などが通訳を通じて生活環境を整えている場合もあります。地域のNPOやボランティアの方による支援も大きいです。しかし、国という視点で見ると、あくまで労働力として受け入れている側面が強いため、生活面での支援は不十分であるというのが現状です。

――生活面での支援で特に課題だと考えているのはどういった面でしょうか?

望月:それぞれの状況によって困っていることは千差万別だとは思うのですが、個人的には言葉の課題が大きいと考えています。日本語を学習する機会が制度として保障されていないため、自ら勉強しなければなりません。子どもに関しては、公立学校での受け入れを通じてそれなりのサポートを受けられる可能性もあります。ただ、学校によって対応力に差があるのも事実です。

 一方、大人の場合はそうした制度的な基盤が基本的に存在しません。ボランティアの方々が休日に公民館で教えるといった形でなんとか対応されている地域もありますが、週一回のレッスンだけでは日本語能力の伸びにはどうしても限界があります。さらに、外国人がそれほど多くないいわゆる散在地域ではこうしたインフラもない場合がもちろんあります。

 言葉の問題は、仕事面ではキャリアアップ上の制約となり、生活においても様々な局面で大きな制約になります。子どもがいる家庭では、子どもの方が日本語の上達が早く、同時に親の母語の習得がうまくいかずに、親子間でコミュニケーションが難しくなるケースもあります。日本語と母語の両方が不十分な発達にとどまってしまう子どもたちもいます。

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