世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年5月29日

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 5月9日と10日の2日間、ワシントンにおいて米中間の閣僚級貿易協議が行われたが、結局、合意には至らなかった。トランプ政権は、5月10日、2000 億ドル相当分の中国からの輸入品に課している制裁関税を、10%から25%に引き上げることを正式に中国に伝達した。更に、5月13日、残りの約3000億ドル相当に最大で25%の制裁関税を課す計画を表明した。これに対して、中国も、米国からの輸入品に対して25%の報復関税をかけるとしている。関税引き上げの応酬は、自由貿易を推進する世界貿易機関(WTO)に反し、世界貿易は保護主義の方向に進んでいる印象である。

(ARTappler/ellobo1/ikonacolor/Jesús García/iStock)

 これはトランプ大統領の身勝手な行動に端を発しているように見える。が、他方、トランプ大統領が、中国の問題を厳しく指摘しその解決を目指していることは評価されて良いだろう。トランプ政権の中国に対する攻勢は、知的財産保護と貿易赤字削減の二つの要求を大雑把に引っ括り、荒っぽい手法で始まった。昨年3月、通商法301条の調査に基づき、中国による知的財産権の侵害を理由に、関税の引き上げを内容とする制裁措置を発動したことがそれである。

 無軌道な行動との印象があった当時と比較すると、二つの点でトランプ政権の交渉態度は整理されて来た印象がある。第一に、中国はトランプが貿易赤字に拘泥していることに着目して、大豆や天然ガスなど中国が得意とする大型の買い物でトランプを幻惑し、構造改革の要求には適当なところで手を打たせる作戦に出ると予想した。事実、そういう作戦であったと思われるが、トランプ政権はあくまで構造改革の要求を貫徹する姿勢を貫いているようである。恐らく、ライトハイザーUSTR代表やピーター・ナヴァロ通商製造業政策局長の助言が利いているのであろう。

 第二に、知的財産に係わる不公正な貿易慣行の是正ということで始まった構造改革の要求の内容が整理されたようである。技術の強制移転、国家補助金、国営企業の在り方、市場経済条件の確保などの分野で具体的に如何なる行動を中国に要求するかの交渉項目が整理されたと見られる。5月9日と10日の閣僚協議が合意に達しなかったのは、中国がこれらの分野でこれまでの譲歩を後退させたことが原因だと報じられている。

 そうではあるが、米国がその主張を貫徹出来る保証はない。中国がその国家資本主義のモデルを損なうような譲歩をするようにも思われない。トランプが居丈高に振舞えば、それだけ譲歩は難しくもなるであろう。中国と折り合えない場合、トランプ政権が考えそうなことは欧州と日本に同調を求めることかも知れない。その兆候は新NAFTAの32.10 条(非市場経済国とのFTAに関する規定)に読み取ることが出来る。昨年9月26日に開催された日米首脳会談後に発出された日米共同声明の第6条にも同様の文章がある。「日米両国は,第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の 企業と労働者をより良く守るための協力を強化する。したがって我々 は,WTO改革,電子商取引の議論を促進するとともに,知的財産の 収奪,強制的技術移転,貿易歪曲的な産業補助金,国有企業によって 創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処する ため,日米,また日米欧三極の協力を通じて,緊密に作業していく。」この「第三国」が中国を指していることは容易に想像がつく。

 米中の貿易戦争に始まる米中対立は、長引くだろうというのが、大方の見立てである。5月9日付の英エコノミスト誌は、まだ米中貿易交渉が決裂する前であったが、例え暫定的合意がなされたとしても、米中両国の経済体制の相違は、米中関係を不安定なものにするだろう、と述べていた。

 5月14日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙に寄稿した世銀総裁も務めたゼーリック元米通商代表も、米中対立は貿易のイシューを超えて長く続くと説明する。トランプの元戦略補佐官バノンの5月6日付のワシントン・ポスト紙への寄稿も長期戦を示唆するし、トランプも 5月10日、中国との交渉につき「急ぐ必要は全くない」とツイッターに投稿した。おそらく、米中関係は、貿易についての合意があるとしても、様々な問題が完全に解決することはなく、「戦争」は永続すると見るべきだろう。 

 ゼーリック元USTRの寄稿文の中で興味深いのは、対中交渉のより良い方策は友好国や中国の改革派と協力して圧力を掛けることだと述べている点である。その意味で、米国はTPP(環太平洋連携協定)に参加すべきだと提言している。日本にとっても歓迎すべき提案である。また、貿易という一つだけの取り決めではなく、人権も含めた多面的な戦略と継続的な関与が必要だと述べている。正論であろう。

 なお米国は、5月15日、「安全保障上の懸念があるとして」輸出を規制する外国企業のリストに中国のファーウェイを追加したと発表した。これに対して、ファーウェイのCEOは、早速米国の決定を批判した。米中関係が一段と対立を深めていることは見ての通りである。 

  
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