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2019年6月1日

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馬場未織 (ばば・みおり)

日本女子大学大学院修了後、建築設計事務所勤務を経て建築ライターに。2007年から平日は東京、週末は千葉県南房総市の里山の二地域で居住する。田舎暮らしなどをテーマに執筆活動を展開。南房総の里山と都市に暮らす人をつなぐNPO法人南房総リパブリックの理事長も務める。著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。

 二拠点生活の醍醐味は、いくつかある。

 それも、「始めたばかりの人」と「始めて何年か経っている人」では、体験の質も心情もだいぶ変わってくる。前回は10年以上二拠点居住をしている筆者自身の経験をもとに、自然の中で暮らす週末を人生にカットインすることで生まれる変化について述べた。そして今回は、人間関係の変化についてお話したい。年月を重ねると人間関係がさまざま変化していくのは、二拠点生活の特徴かもしれない。その理由についても後述する。

地域での共同作業の草刈りの合間に休憩。こうした場面でぼちぼち話すうちに、少しずつ打ち解けていく(筆者撮影、以下同)

ご近所さんが、自分のことを話してくれるようになるまで

 よく「田舎での人間関係は大丈夫ですか?」と言われるけれど、よほど非常識なことをしたりされたりしない限り、大丈夫です。と言いたい。大丈夫というより、良好な関係が築けている人が圧倒的に多いと思われる。
 ちょっと昔の田舎は、もっと人口が多くて元気もあっただろう。ヨソモノや、二拠点生活などといった意味不明の暮らしをしていると「誰あのひと」と訝られ、場合によっては冷遇されたかもしれない。でも、少なくとも現在の千葉県南房総界隈では、人間関係が厳しいという移住・二拠点居住者に会ったことはない。おそらく、過疎化が進みきっていく中でそうしたムラ社会の排他性が減退していく時、人が増える事態というのはそれだけで喜んでもらいやすくなっているのだろう。

 この傾向は、二拠点生活者として嬉しいのではないだろうか。東京にいて仕事や子育てをしているだけではきっと巡り合えない人達と親密になる時、何とも言えない感慨が生まれる。
 我が家のすぐ近所に、一人暮らしのおばあちゃんがいる。長年の農作業で腰が曲がり、背はぐっと低い。おばあちゃんはいつも畑に出ているので、通りかかる度に会う。「こんにちは」と笑顔を交わしたり野菜をくださったりするのは以前からだが、最近では昔のことを話してくれるようになった。一昨年亡くなった夫の話が多い。

 「わたしなんかを嫁にもらってくれてね。ありがたくてね」「あの人は、静かだけど、なぜかまわりから声がかかるんですよ。優しいからね。みんなが重宝するんでしょうね」

 おじいちゃんのことが大好きだったんだな、おばあちゃん。彼女の心を知る喜びと、そんな心の中を自分に対して話してくれる喜びが相まって、おばあちゃんのことがしみじみ大事に思えてくる。

 また、ほとんど込み入った話をしたことのなかったおじさんが、ぼちぼちと自分の仕事のことなどを話してくれるようになった。転職したこと、新しい仕事での試みなど。地域への根の張った想いや人生の葛藤が、こぼれるように伝わってくる。

 ローカルの暮らしの中では、自分のことを話す時の喜びより、彼らが自分のことを話してくれる時の喜びの方が勝っている。相手が心を開くかどうかは、自分がコントロールし得ないことだからだ。また、彼らの中にあるヒストリーに触れることで、より深く地域にコミットする段階へと踏み込む “次の扉”が開かれたように感じる。

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