Wedge創刊30周年記念インタビュー・新時代に挑む30人

2019年8月24日

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稲泉 連 (いないずみ・れん)

ノンフィクション作家

早稲田大学第二文学部卒。2005年『ぼくもいくさに征くのだけれど—竹内浩三の詩と死—』(中央公論新社)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。近著に『「本をつくる」という仕事』(筑摩書房)がある。

 「彼女は身体の機能を失ったけれど、いまも家族の一員として人生を楽しみ、目的を持って生きていました。こうした生活の選択肢があるにもかかわらず、当時の僕は機械に生かされるなんて不幸だと決めつけていた。彼らを本当に不幸にしていたのは、僕らのような医療者なんじゃないか、と思ったんです」

 人はいつか必ず年を取り、治らない病気や障害を抱え始める。にもかかわらず、「健康でないことは不幸だ」という価値観を、医療者が患者や家族に植え付け続けたらどうなるだろうか? と彼は考えた。

 「そうしたら、僕らは人生のどこかの段階で必ず全員が不幸になってしまうでしょう。治らない病気や障害があっても安心して暮らせて、自分の人生を生き切れる環境を作ること。超高齢社会を迎えた日本での、医療者の大きな役割があると気づいたんです。それが悠翔会を作った理由でした」

 医療法人の設立から13年が経ち、現在は都内を中心に12カ所のクリニックを持つ。医師の数は日中が46人、休日夜間の専従チームが26人。患者の状況を全職員が共有する電子カルテも開発し、各地域のかかりつけ医や総合病院、介護施設とも連携を図ってきた。

 悠翔会が基本的な理念として掲げるのは、「患者の意思を最優先」とした総合診療だ。患者の中には少しでも長生きをしたいと願う人がいれば、リスクがあっても好きなお酒や煙草を嗜(たしな)み、最期まで自由に過ごしたいという人もいる。その願いや家族の思いを聞き入れつつ、医師が生活をサポートすることを目指してきた。こうした在宅医療には「医師としての想像力が常に求められるんです」と佐々木は語る。

在宅医療は家族の協力なくして成り立たない。診療時には家族からの質問や不安の声に耳を傾け、丁寧な対応を心掛ける(写真・井上智幸)

 「例えば、認知症の糖尿病患者の方がいたとします。その人にインスリンの注射をするために、看護師さんが日に4回訪問していたら介護保険の点数が足りなくなり、ヘルパーさんが来られなくなってしまう。それなら糖尿病の治療としては不十分でも、一日一度の飲み薬にしてはどうか。そうした判断や提案を医療者がしてあげるわけです」

 「治すこと」だけにこだわる医療から、たとえ病気や障害があっても、その人の強味を最大化する環境を作る医療へ―ー。悠翔会のそんな試みは、日本の都市部の医療における重要な挑戦だと言えるだろう。

 「僕には在宅医療を社会のインフラにしたいという思いがあります。在宅医療の世界はまだ、志のある医師たちが孤軍奮闘で頑張っている、というのが現実。その点を線につなぎ、さらには面に変えていく。それがいまの自分の仕事だと思っています」

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