世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年6月12日

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 英国のメイ首相は5月24日、刀折れ矢尽きて涙の辞任表明を行った。Brexitの実現のため最後の企てとして6月3日の週に下院で4度目の投票を求めるとしていたが、これを行い得ないまま首相官邸を去ることになる。労働党との協議にかじを切って以降、メイの求心力は急速に失われ、再度の国民投票の可能性を示唆した結果、自らとどめを刺す形となった。

(Waldemarus/PaulFleet/Photitos2016/iStock)

 メイ首相の辞任について、5月24日付けのフィナンシャル・タイムズ紙社説‘Theresa May’s departure will not break Brexit deadlock’は、「メイの致命的失敗はBrexitを如何に実現するかについて超党派のコンセンサスを形成することを怠ったことにある」と主張する。2016年の国民投票の結果は離脱:52%、残留:48%の僅差だったのだから、Brexitの態様は慎重に検討されるべきだったとも主張する。これ以上後がない所に来てようやく労働党に協議を呼び掛けたのだから、余りにも遅すぎた、という訳である。

 勿論、社説がいうような努力はなされて良いが、政権はその責任において対外交渉に取り組み、その結果を議会に諮るのが通例のやり方だと思われる。国の一大事だと言えばそうであるが、野党と協議の上で対外交渉する方式は聞いたことがない。保守党がその種の協議を支持したかも疑問である。仮に、EUとの交渉に先立ち労働党との協議を遂げていたとしても、どれ程違った戦略が描けたか。EUが呑めないような「良いとこ取り」の戦略を描いても仕方がない。協議を遂げていれば、労働党は意に沿わない離脱案であっても議会の承認に協力したかとなると、一層不明瞭である。この社説がいうような批判は、後知恵の批判のようにも思える。

 交渉の最大の失敗はアイルランド国境の問題について、いわゆる「backstop」(2020年12月までにアイルランド島における物理的な国境を回避できる解決策が見つけられなかった場合、英国全体がEUの関税同盟に残ることを中核とする案。英国とEU双方が合意しなければ「backstop」から脱却できない)を離脱協定に規定することに同意したことではなかったかと思われる。英国は2017年12月の段階で早々と「backstop」を書き込むことに同意した。離脱協定に規定することを避け得たならば、アイルランド国境問題の解決にはならないが、離脱だけは実現出来た筈である。結局、「backstop」の規定がEUとの恒久的な関税同盟を意味し、北アイルランドを英国本土とは異なる体制に置く可能性があることが最も機微な問題と化した。この問題で交渉の責任者である筈の離脱相が二人辞任した。議会の反対と保守党の分裂が先鋭化した。更に、メイの政権が議会運営を北アイルランドの民主統一党(DUP)の支持に頼る立場にあったことが、この問題の扱いを殊更に難しくした。その意味で、2016年6月にやる必要のない総選挙をやって過半数の多数を失ったこともメイの致命的失敗であった。この問題は今後にも持ち越すことになる。

 問題は後継首相であるが、後継候補にはボリス・ジョンソン(前外相)、ジェレミー・ハント(外相)、サジド・ジャビド(内相)、マイケル・ゴーブ(環境相)、マット・ハンコック(保健相)、ドミニック・ラーブ(前離脱相)など多数が下馬評にのぼっているが、ボリス・ジョンソンが優勢というのが一致した見方らしい。

 ボリス・ジョンソンは5月24日、「合意があろうがなかろうが我々は10月31日に離脱する。良好な合意を獲得する方法は“合意なし”に備えることだ」と述べた。彼は「backstop」の削除を含め、離脱協定の再交渉をEUに要求するであろうが、EUが応じることはない。従って、後継首相がジョンソンであれば10月31日に「合意なきBrexit」になるであろう。党首選びでは、保守党員一般の投票の前の第一段階で保守党議員によって候補を2人に絞り込むことになるが、ここでジョンソンを排除し得るかが焦点となろう。なお、ジョンソンは、2016年のBrexitをめぐる国民投票に際し、「英国はEUに毎週3億5000万ポンドを支払っている」という虚偽の情報を広めたとして、「公職における失当行為」の容疑で、活動家による私人訴追を受けている。

  
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