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2019年6月10日

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土居丈朗 (どい・たけろう)

慶應義塾大学経済学部教授

東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所助手などを経て現職。『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社)で2007年度日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞を受賞。税制調査会委員等を兼務。
 

 厚生労働省は、一定額以上の収入などがある場合、70歳以上も年金保険料の支払いを義務付ける検討を始める、と報道されている。現在、70歳になると働いていても公的年金の保険料は支払わなくてよい。それを、70歳以上になっても年金保険料を支払うことで、保険料の納付期間が延び、受給できる年金額を増やせる点に着目した改革案である。

(PLANET FLEM/ GETTYIMAGES)

 安倍晋三政権は、昨秋以降、「生涯現役社会」の実現に向けた諸改革を検討している。生涯現役社会の実現とは、いくつになっても意欲さえあれば働ける環境を整えることを意図している。しかも、働ける環境を改めるだけでは、延び続ける健康寿命に備えて老後生活には対応できないため、年金制度の改革の検討も始めている。

 冒頭の報道も、その流れを受けてのものといえる。生涯現役時代に対応した年金制度をどうするかは、極めて重要だ。老後の生活設計をする上でも、多くの人が影響を受ける。しかし、取れるところから取ればよいとか、無から有が生まれるかのような錯覚は、かえって事態を悪化させる。

事業主負担保険料が
歪めてきた働き方

 70歳以上も年金保険料の支払いを義務付ければ、その分退職後に受け取れる年金給付が増えて老後の生活をより充実させられる。一見そう見えるが、そこには「隠れた負担」がある。年金保険料は、労使折半になっているからである。

 会社員などが加入する厚生年金の保険料は、毎月の給与(標準報酬月額)と賞与(標準賞与額)に共通の保険料率をかけて計算され、事業主と被保険者本人とが半分ずつ負担する。70歳以上でも年金保険料の支払いを義務化するということは、本人のみならず、雇い手である事業主も保険料を負担することになる。

 一見すると、半分だけ自分が負担すれば、残りは雇い主が払ってくれて、それによって受け取る年金額が増える。しかし、現実はそんなに甘くない。

 事業主負担保険料は、バブル崩壊以降の日本の働き方を大きく歪めてきた。事業主負担保険料は、年金だけではなく、医療保険も介護保険にも同様にある。加えて、会社員などが入る雇用保険は本人負担が1に対し、事業主負担は2と、事業主負担保険料が多くなっている。こうしたわが国の社会保険料の事業主負担は、欧州先進国並みの高水準に近づきつつある。

 実は、1990年代以降、こうした事業主負担保険料の増加が、非正規雇用者の増加という問題をもたらしてきた。なぜなら、非正規雇用者には事業主負担保険料を拠出しなくてよいからである。バブル崩壊後に経営難に陥った企業は、人件費削減の一策として、事業主負担保険料の支払いが必要な正規雇用者を減らし、非正規雇用者に代替することでリストラを進めた。

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