野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年6月13日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

「逃亡犯条例の改正」によって香港が失うもの

 香港情勢が緊張するなか、雨傘運動から民主化運動の中心で活躍してきた政治組織「デモシスト」のアグネス・チョウ(周庭)さんは12日午後、明治大学で最新の香港情勢について報告会を行った。大学の講義であるにもかかわらず、現場には周さんの講演の情報を知った在日の香港人ら数百人も集まった。

 日本での講演や取材のために103万人デモに参加した直後に来日した周さんによれば、当初は30万人程度と予想していたデモが、想像を大きく超えて膨らんだといい、「こんな規模になるなんて想像していなかった。今回は雨傘運動と違って誰がリーダーというのが明確になっていない。とても香港の情勢が心配で、戻りたくて仕方ない」と語った。

 周さんは講演で逃亡犯条例の改正により、中国政府にとって好ましくない人物が香港から中国に引き渡されてしまうことになると懸念を表明。「香港はすでに一国二制度ではなく、1.5制度になっていますが、この条例改正で一国一制度(中国と同じという意味)にまでなってしまいます」「香港は90年代、難民を受け入れる場所でしたが、これからは政治難民を出すところになっていきます」と危機感を込めて語った。実際、香港では雨傘運動以来、海外移民を希望する人の数が増えており、政治運動に関わった人は同じ中国語を使える台湾に一時避難の意味を込めて移住する香港人が増えている。

 そうした香港にとって、この逃亡犯条例の改正によって「中国に引き渡される」というリスクが顕在化すれば、デモや民主化の運動すらできなくなってしまうというのが、香港人が訴えているポイントだ。香港でこの逃亡犯条例が人間を中国に送り出すことを意味する「送中」と呼ばれ、全体の運動が「反送中」と呼ばれているのはそのせいである。

 香港の議会である立法会は、選挙制度によってほぼ自動的に親北京派が多数を占めるようになっており、香港政府とその背後にいる中国政府の意向にはほとんど逆らわない。今回の改正法案審議ももともと7月の予定が6月27日に早まり、11日には立法会議長が20日に可決したいとする意向を表明した。12日の審議入りはデモ隊によって阻止されたが、法案の早期可決によるデモの沈静化を目指して審議を急ぐ方針は変わらないだろう。

香港人の「魂の叫び」

 香港は基本法で「50年間の保証」をうたった高度な自治を持っていると規定されている。そのなかの核心部分は司法の独立と言論の自由だ。しかし、香港では近年、民主派や運動に参加した若者に厳しい判決が相次ぎ、司法の独立も疑問視されることが多く、中国資本による香港メディアの買収も続いており、反中的な内容の出版物を香港の書店で売ることが次第にできなくなっている。

 そんな香港にとって、少なくとも中国に無理やり連れていかれることはないという「人身の安全・自由」は最後のボトムラインであったが、この逃亡犯条例の改正によってそれまで脅かされることになれば、もはや香港は香港でなくなるという彼らの主張は、まさに香港人の魂の叫びだと言えるだろう。改正案の審議が進む中、香港がこれからどう動くのか、しばらく目を離せそうにない。

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