Washington Files

2019年6月17日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 米下院本会議における2020会計年度政府関連歳出法案審議が、大詰めの段階で暗礁に乗り上げている。議員報酬の改定(引き上げ)めぐり、来年議会選挙で有権者の反発を恐れる新人議員たちが異議を唱えているためだ。日本の国会議員とくらべ、連邦議員の待遇改善に対する国民の目がはるかに厳しい事情がある。

 「議員になったのは選挙区の市民の声を中央政界に反映させるためであり、自分の給料を上げさせるためにワシントンに来たわけではない」―ユタ州選出で新人のベン・マクアダムズ議員は10日、自らのツイートでこう書き込むと同時に、新会計年度政府関連支出法案から「議員報酬引き上げ」部分を削除するよう求めた修正案を本会議に提出した。

(lucky-photographer/gettyimages)

 「選挙区の支持者たちは、沖合石油掘削を止めさせ、退役軍人の待遇改善を進め、国家債務の拡大に歯止めをかけさせることを期待し私を選んでくれたのであり、議員としての私腹を肥やすことではない」―同日、サウスカロライナ州選出のジョー・カニングハム議員も同趣旨のツイッター発信し、報酬引き上げに反対を表明した。

 このほか、6月に入り報酬引き上げに「待った」をかけた下院議員は、新人議員を中心に20人前後にまで達した。

 これらの議員たちの多くは、来年11月大統領選挙と同時に行われる議会選挙で再選めざし立候補の意向を固めているが、いずれも共和党候補相手に接戦が予想されており、議員報酬引き上げに賛成した場合、地元有権者たちから批判を浴びることをとくに懸念していると伝えられる。

 このため、報酬引き上げの旗振り役を務めてきた重鎮ステニー・ホイヤー民主党下院院内総務も11日、党内の混乱拡大を避けるため、政府省庁予算のうち、議会関連支出項目については切り離し、別途冷却期間を置いて審議することを決定した。

 もともと連邦議員報酬については毎年、合衆国憲法規定により議会で独自に審議し、決定することになっている。しかし、2009年1月当時、2.8%アップの年俸17万4000ドルに引き上げられて以来、改定法案が出されるたびに本会議で否決され据え置きのまま、今日に至っている。今回、毎年の「生活物価スライド制」による改定が行われれば、実に10年ぶりとなり、2.6%アップの21万900ドルに引き上げられるはずだった。

 これまで何度も否決されてきた報酬引き上げ案が今年になって再び上程された背景には、物価を含めた生活費全般の上昇により、毎月のやりくりに苦労し、悲鳴を挙げる議員たちが少なくないからだ。選挙区と首都ワシントンでの二重生活を強いられ、とくに好況が続くワシントンでのアパート家賃高騰に耐えかね、中には議員会館の自室のソファを寝室代わりに利用する議員まで現れ、問題が顕在化してきていた。

 さらに各議員に配属される10数人規模の議員スタッフについても、別途支払われる報酬は議員と連動して改定されることになっているため、過去10年間、据え置かれた結果、離職し、高給が約束される法律事務所やコンサルティング会社に転職していくケースも増えつつある。

 それでも、連邦議員は納税者の眼からすれば、一般の政府職員たちと比較しても「羨望とジェラシー」の対象であり、生活物価上昇を理由とした安易な報酬引き上げに対する批判の声も少なくない。一部とはいえ、議員たちが報酬改定案に異議を唱える背景には、こうした事情が念頭にあるからにほかならない。

 実際、日本ではあまり知られていないが、連邦議員には毎年決まった額の報酬のほかに、具体的に以下のような特権や“おこぼれ”(perks)がある:

  1. 空港駐車場使用・・地方旅行に出かける際のワシントンの2か所の空港には議員専用の駐車スペースが確保され、何日でも好きなだけ自分の車を無料で駐車可能
  2. 連邦議会内専用スポーツ・ジム・・下院本会議場地下に下院議員がいつでも無料で利用できる専用ジムがあり、TV付き各種トレーニング器具はもとより、プール、サウナ、バスケットボール・コートなども完備
  3. 株売買制限の緩和・・以前は公務員同様に、利権にからむ関連株の売買を禁止するため、議員はすべての所有株について報告義務が課せられていたが、2013年以来、「良識の範囲内の取引」については報告義務がなくなった
  4. 兼業の容認・・連邦議員の本会議登庁平均日数は年間通じ126日であり、しかも平日5日連続の登庁週はほとんどなく、オフ期間を利用して地元選挙区に戻り、収入額の一定の枠内で議員職以外の仕事に従事することも可能
  5. 航空運賃・・首都ワシントン―選挙区間の航空運賃については原則として国が負担、しかも「政治日程の変更」を理由として複数便の同時予約をペナルティなしに行うことが許されている
  6. 健康保険補助・・「オバマ・ケア」健康保険制度がスタートして以来、全議員が加入が義務付けられ、保険金額1000ドル当たりの保険料は一般加入者の場合は5ドルであるのに対し、議員の場合は27セントだけで済み、差額は国が負担する

 ただ、上記のようなメリットがあるとしても、全体として見た場合、米連邦議員の待遇は日本などと比較しても、けっして贅沢なものではない。

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