Wedge創刊30周年記念インタビュー・新時代に挑む30人

2019年7月22日

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多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。著書に『「目的思考」で学びが変わる 千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦』(ウェッジ)。

本記事掲載のWedge5月号『創刊30周年記念インタビュー「新時代に挑む30人」』では、「ホンダジェット」の生みの親・藤野道格氏ラグビー日本代表・リーチ・マイケル氏USJ復活の立役者でマーケターの森岡毅氏大峯千日回峰行を満行した大阿闍梨・塩沼亮潤氏など様々な分野で令和の時代を牽引していく30人にインタビューを行いました。

倒産寸前の旅館がITを活用したおもてなしと働き方改革でV字回復を果たした。システムは他の宿泊施設へも提供され、観光産業の底上げを図っている。 

宮﨑 知子(みやざき・ともこ):1977年生まれ。大学卒業後、リース会社の営業職に7年従事し、老舗旅館の跡取りである富夫さんとの結婚を機に退職。第二子出産後の2009年10月に「元湯陣屋」の経営を夫とともに引き継ぎ、女将に就任。ITを活用した働き方改革と新たなおもてなしに挑戦し続けている。
(写真・井上智幸)

 神奈川県秦野市の鶴巻温泉。最盛期には15を超える旅館が軒を連ねた温泉街だ。しかしバブル崩壊後は客足が減少し、近年は宅地化が進む。

 1918(大正7)年に創業した温泉旅館「元湯陣屋」も時代の荒波に揉(も)まれてきた。2009年には10億円の負債を抱え、倒産の危機に追い込まれている。この状況から夫とともに再生に導いたのが女将の宮﨑知子だ。就任当時は2億9000万円だった売上高を6億1700万円(旅館単体/2018年8月期)まで伸ばした。V字回復の背景には何があったのか。

 観光産業の追い風といえば、真っ先に思い浮かぶのはインバウンド需要だろう。しかし宮﨑は「海外からのお客さまは10パーセント未満です」と明かす。現在、元湯陣屋を訪れる宿泊客の大半は首都圏在住だ。その目的は「滞在時間そのものを楽しみ、ゆっくり過ごしたい」というもの。そうして多くの客がリピーターとなり、リアルな口コミによって新規客を呼び込む。

 「口コミでの集客を増やすためには、日々の運営努力を続けるしかありません。お客さまの希望も多様化しています。一人ひとりのお客さまに『よかったね、また来たいね』と言っていただけるかどうかにかかっているんです」

 そのため、一律の接客から、個別のニーズに応じた接客へと転換を図った。食材の希望を聞いて料理メニューを決め、お茶が飲めない外国人にはコーラを提供し、朝食後もゆっくりしたい家族連れの部屋では布団をあげない。こうした個別サービスを支えたのが、自社開発した「陣屋コネクト」というシステムだ。宿泊客情報などを全従業員と共有し、社内SNSを使ってコミュニケーションを活性化させている。旅館に寄せられた要望も全員へ瞬時に共有されるため、宿泊客は「一言告げれば、旅館のどこへ行っても自分の希望を理解してもらえている」状態となる。バックヤードの業務は徹底的に効率化し、その代わりに従業員は「客室係」「下足番」といった昔ながらの単体業務にとらわれることなく、マルチタスクをこなしながら客の近くで要望を汲(く)み取っていく。

 従業員の努力に報いるため、サービス業では異例の「週休3日制」も導入した。もともと客数の少なかった火曜と水曜を定休日とし、加えて月曜も半休に。固定年俸制のため、休みが増えても給料が減るわけではない。経営再建とともに昇給も進め、社員の平均年収は2009年当時と比較して120万円アップした。

 現在は陣屋コネクトを全国320以上の同業他社施設へ提供している。集客に苦しむ地方の中小旅館も多いという。陣屋の成功体験は、日本の観光産業に新たな希望をもたらしているのかもしれない。

現在発売中のWedge5月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。

  
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