世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年7月2日

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 6月9日の真夜中、中国とフィリピンの間で、新たな衝突事件が起きた。南シナ海のReed Bank(フィリピンのパラワン島から北西に約160キロ)で中国の漁船が投錨していたフィリピンの木造の漁船に体当たりして沈没させた。衝突の後、中国の漁船は灯火を消して現場を離れた。フィリピンの漁民22人は漁船を放棄し海に漂っていたが、6時間後にベトナムの漁船に救助された。これが事件の概要である。

(dvarg/slavasam777/iStock)

 中国外務省の報道官は「通常の海上交通の事故」だと強弁したようであるが、恐らくそうではない。フィリピン海軍の中将は、投錨していた船に体当たりした、と述べている。そうであれば、意図的な行為である。体当たりするからには通常の漁船ではなく、船体を強化した「海上民兵」の漁船であろう。西沙諸島ではベトナムの漁船に対して同様な事件が起きているという。これまでも南沙諸島のティツ島などに中国の漁船が蝟集してフィリピン漁民を威嚇する事態は起きているが、フィリピンの排他的経済水域で漁船を沈没させる行動はフィリピンに対する中国の侵略的行動のエスカレーションと言える。それだけでなく、フィリピンの漁民を海に放置して立ち去った中国漁船の行動にフィリピンが軽蔑すべき「当て逃げ」だと憤激したのも当然である。フィリピン外務省は中国に抗議した。

 今回の事件に関するドゥテルテ大統領の言動ははっきりしない。ドゥテルテは「ちょっとした海の事故」だと言ったとも報じられる一方、彼は激怒し「暴力を振るわれ、叩かれ、このような野蛮、粗野、無法な行動に見舞われることは許せない」と述べた、という報道もある。彼の言動は常に振幅が大きく、彼に真意があるとして、それが何であるのか良く解らない。いずれにせよ、今回の事件も彼の中国に対する宥和外交の報いだとの批判が出てくるのも仕方がない。例えば、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の6月13日付社説‘How China Treats a Friend’は、ドゥテルテは中国に叩頭している、と酷評した。

 しかし、フィリピンに中国と力で対峙するよう求めるのは無理な相談である。確かに、3月にポンペオ国務長官はロクシン外相との会談で、南シナ海におけるフィリピンの軍、航空機あるいは公船に対する武力攻撃が米比相互防衛条約の対象となることを明言した。しかし、米比相互防衛条約を持ち出してみても、それだけで中国の「海上民兵」を制止出来る訳ではない。米国が問題の海域に艦船を派遣出来れば、事態は変わろうが、そうはならないであろう。

 フィリピンに出来て是非試みるべきだと思われることは国際世論を喚起することである。今回の事件にしても、何が起こったのか世界では何も報じられていないに等しい。大いに広報戦略を展開することが望まれる。南シナ海の問題を仲裁裁判所に持ち込み完全な勝利を収める水際に立った手腕を発揮したフィリピン外交であるから、それくらいのことが出来ない筈はない。

 ロクシン外相はロンドンの大使館に問題を国際海事機関に提起するよう訓令したとツイッターに投稿している。提起する内容は漁民を海に放置した中国の漁船の行動のようであるが、それでも正しい一歩だと思われる。今後、安保理に問題を提起することを含め、色々工夫すると良いと思われる。ASEANでの広報活動を怠らないことも重要である。        

  
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