2024年4月24日(水)

食の安全 常識・非常識

2019年7月9日

農研機構が研究、開発中のイネ。一つの穂につく籾の数をゲノム編集技術により増やしている。(提供:農研機構)

遺伝子組換えとは異なる

 遺伝子組換えの場合、組換え品種のある大豆やとうもろこしなど8農産物とその加工品33品目について組換え品種を用いた場合には、必ずその旨を表示しなければなりません。事業者に義務づけられています(加工品は、使われる遺伝子組換え作物が原材料の上位3位まで、かつ全重量に占める割合が5%以上の場合)。

 科学的な分析により、遺伝子組換え品種と非組換え品種を明確に区別できるため、事業者も自らが利用している原材料を確認できるし、取り締まる側も科学的に監視できる、として義務表示制度が動いています。

 遺伝子組換え食品の場合も、安全性審査を経て認可されたものは、非組換え食品と同等に安全です。したがって、安全面から区別する必要はありません。しかし、消費者が自主的かつ合理的に選択できる機会を確保するために制度があります。

 同じような制度をゲノム編集食品にも作ればいい……。

 ところが、ゲノム編集食品の場合には、第三者は通常の食品と科学的な区別ができません。自然による突然変異なのか、化学物質や放射線により人為的に突然変異を起こしたのか、ゲノム編集技術により突然変異を起こしたのか。変異自体は同じなので、方法の違いは識別できないのです。

 厳密に言えば、開発企業自身は、詳しい遺伝情報を把握し変異を加えているので、周辺の遺伝情報などから区別ができます。しかし、その遺伝情報こそが良い品種作りのポイント、他企業などに知られたくない「企業秘密」。したがって、現段階では第三者はその情報を使えず、識別できません。

消費者庁が「義務表示制度の創設は難しい」と明言

 これでは、義務表示制度を作っても監視ができません。6月20日に開かれた消費者委員会食品表示部会で、消費者庁は「表示違反の食品の検証可能性」という観点から「義務表示制度の創設は難しい」と明言しました。

 そう書くと、「生産段階で、ゲノム編集かそうでないかを区別し保証書を付け、分別して流通させて保証書で識別すれば良い」という意見が聞こえてきます。科学的分析による監視を「科学的検証」と呼ぶのに対して、書類等に基づく監視は「社会的検証」と表現されます。

 でも、ゲノム編集の場合には、社会的検証も厳密には無理。なぜならば、農場にある収穫したての農産物であっても、区別できないからです。つまり、保証書の真正性すらも、担保するのが難しいのです。

 種苗企業から種子を購入した時に、ゲノム編集だったかそうでないかを聞き、信用するしかありません。間違えるはずがないだろう、と思われるかもしれませんが、開発企業と種苗企業が異なる場合も多いのです。種苗企業は、開発企業からゲノム編集技術を用いた系統を購入し、それに従来の方法も用いて新しい品種を作り出します。そのうえで、その種子や苗を販売します。

 もし、種苗会社が間違えて種子や苗を販売したら、だれもチェックできないまま、その農産物は流通販売され、川下のすべての事業者が間違えて消費者に届ける、という事態となります。

 さらに、農家がゲノム編集による種子と、ゲノム編集が用いられていない種子をうっかり間違えて植えて収穫したら、どうなるでしょう。穀物など大量を船で輸送する場合など、作業工程で一部が混じってしまう、ということも起きるかもしれません。しかし、なにが起きても書類が整っていればいい。こんな制度では、意図しない混入を防ぐのが難しいだけでなく、不正の温床にもなり得ます。

 もう一つ問題なのは、末端の製造販売事業者の被る大きな不利益です。

 もし、社会的検証により義務表示制度を課す場合、制度を守らなければならず違反したときに罰則が科せられるのは、末端で容器包装に表示する事業者です。彼らは通常、原材料を購入して食品を製造し販売します。購入した原材料を調べても、ゲノム編集かそうでないか確認しようがなく、もし保証書が付いていたとしても、それが正しいのかどうか判断できない。なのに、もし違っていたら違反に問われてしまう。それは、あまりにも理不尽です。

 そして、消費者の負担も大きくなります。食品業界は生産や流通の各段階での書類の確認や分別等により、莫大なコストの上乗せを迫られます。当然、消費者もコスト負担を迫られることでしょう。こんな義務表示制度が多くの消費者の支持を得られる、とは私には思えません。


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