食の安全 常識・非常識

2019年7月9日

»著者プロフィール
著者
閉じる

松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

事業者の責任による任意表示の仕組み

 でも、消費者の一部は、区別し選びたがっています。そんな人たちが、なんの表示もないまま、無理矢理食べさせられる、という状況になるのはよくありません。そこで、重要になるのが任意表示制度です。消費者の知りたいという要望に応えて、事業者が自らの責任において自主的に表示します。

 遺伝子組換えの制度においては、遺伝子組換え農産物を含む場合には必ず表示しなければなりません(義務表示)。しかし、含まない場合はなにも表示しなくてよく、「遺伝子組換えでない」というのは、事業者が自らの責任において行う任意表示と位置づけられています。

2023年4月から改正施行される新しい遺伝子組換え表示制度。遺伝子組換えを分別生産流通管理をしていないものや、分別生産流通管理をしていても、遺伝子組換えの混入率が5%を超える場合は、表示が義務化されており、「遺伝子組換え」であることを明示しなければならない。一方、分別生産管理をしており、混入が5%以下の場合は、その旨を表示をしてもよいし、なにも表示しなくても良い「任意表示」となっている

 ゲノム編集食品の場合には、「ゲノム編集である」「ゲノム編集でない」両方とも、自らの責任において表示したい、という業者だけにしてもらい、欲する消費者に結びつけるのです。そうすれば、事業者にとっては商品の付加価値、消費者にとっては自主的かつ合理的な選択の機会の確保、につながります。

 この場合も企業秘密である詳しい遺伝情報が公開されない限り、第三者は科学的検証ができません。しかし、開発企業が「ゲノム編集である」とか「ない」と保証する種子を農家が栽培し、収穫物を近くの加工工場で加工して包装し小売りへ、というふうに、途中の流通や加工工程をできるだけシンプルにすれば、ミスや意図せざる混入のリスクは下がります。書類で責任を明確にしながら流通や加工を行い、トレーサビリティを確保して消費者へ届ければよいでしょう。

 分別流通、書類による保証等でコストはかかりますが、すべての事業者に課せられるのではなく、一部の事業者が自らの責任でコストをかけて管理し、商品を値付けして売るのであれば、それは自由。そして、消費者が、その任意表示は科学的に保証されたものでないことを了承のうえで、納得して高く買うのであれば、問題ありません。

 また、ゲノム編集により栄養成分の含有量が上がるなど、別の指標で科学的に区別できるケースもあるでしょう。筑波大学が、血圧上昇を抑える機能を持つGABAを豊富に含有するトマトを、ゲノム編集技術により開発しています。市販された時に、「GABAを高濃度に含有する」ことが科学的に担保され、「ゲノム編集技術が用いられている」という任意表示がなされていれば、消費者は判断し選択することができます。

 あるいは、科学的管理ができるように企業秘密の一部を公開して「この配列があれば我が社のゲノム編集食品だから、科学的に区別してほしい」する事業者も現れるかもしれません。

消費者の誤認、風評被害を招いてはならないが

 ただし、注意すべき点があります。「ゲノム編集でない」という任意表示が、消費者の「ゲノム編集はわざわざ避けなければならないほど、危ないもの」という誤認、そしてそれに基づく買い控えという「風評被害」につながらないように、事業者も食品表示制度を規制する消費者庁も、十分に注意しなければなりません。

 遺伝子組換えにおいては、豆腐や納豆等に「遺伝子組換えでない」という表示が氾濫し、それが「遺伝子組換えは危ない」という誤認につながった、という意見が強くあります。また、食品添加物においても、「不使用」「無添加」などの任意表示を見て購入する消費者の7割以上が「安全で健康に良さそう」と誤って受け止めていることが、2017年度の消費者意向調査で明らかとなっています。

 任意表示は、こうした誤認と風評被害につながりやすいのです。現時点で、届け出制により運用されるゲノム編集食品は、従来食品と同等に安全である、というのがほとんどの専門家の見解です。任意表示は、そのうえで消費者が選ぶための手段です。

関連記事

新着記事

»もっと見る