食の安全 常識・非常識

2019年7月9日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

今夏に、届け出制度がはじまる

 厚労省は、ゲノム編集技術により外来遺伝子や長い塩基配列が意図して挿入されているタイプのものは安全性審査が必要、DNAを切断した後、1~数塩基の変異が自然に起きているものは届け出制としました。企業に対する公平性の観点からも、届け出を義務化することはできません。届け出に強制力はないのです。しかし、厚労省は「届け出しない事業者名を公表することもあり得る」と述べ、制度に実効性を持たせようとしています。

 実際に食品が出回るのはそれから数カ月先になると見込まれていますが、それまでに、どのような表示制度にするかを決めなければなりません。

 国は事業者や消費者等、さまざまな関係者の意見を聞く予定にしており、7月2日から全国5カ所で意見交換会を開いています。また、6月20日には、消費者庁が消費者委員会食品表示部会で表示制度について説明し、委員が意見を述べました。

 私も委員の一人として、表示義務化は不可能と考えること、任意表示制度の重要性、誤認や風評被害を防ぐための考え方などについて、いくつかの提案をしました。任意表示については、ほかの委員も言及しました。

 メディアの中には、安全性審査がなく、義務表示もされないことで、「消費者がそれと知らずに手に取る事態になりかねない」(東京新聞2019年6月22日朝刊)と報じたところもあります。

 批判だけなら、簡単です。でも、批判するなら、公平で公共性のある代案を示して欲しい。科学的かつ公平に考えるなら、厚労省と消費者庁の現在の判断にならざるを得ない、と私は思います。だからこそ、欲しい人には届くという任意表示制度を、きちんと構築し運用してゆく必要があります。

 また、毎日新聞は6月20日付ウェブ版で「任意表示によって『ゲノム編集でない』という表示がまん延しないような工夫が要る」と書いています。そんな発言は、委員のだれもしていないように思います。そもそも、事業者が自由にできる表示の一部を牽制する、というような恣意的なことが、できるはずもありません。

 実際には、「ゲノム編集でない」という表示が誤認を招かないような工夫が要るのです。

 残念ながら、ゲノム編集の複雑な科学と表示の考え方を理解しないまま記事を書いている人たちが少なくない、と思わざるを得ません。

変異が、多様な生物、食品を生み出した

 DNA、遺伝子を切断し人為的に操作する、というのが、消費者や記者にも違和感や怖さを呼び起こしてしまうのでしょうか。

 そもそも、DNA、遺伝子に起きる切断、変異をとても悪いことのように受け止める人がいますが、そうとは限りません。生物はさまざまな変異があったからこそ進化し、多様となりました。この地球の多様な生物、環境は、地球46億年の遺伝的変異の結果です。

 厚労省の専門家会議などで議論をリードした農研機構・田部井豊新技術対策室長は、「農研機構はおよそ 22 万点の遺伝資源を保有しています。品種改良をするためには遺伝資源が重要ですが、これらは意図しない変異、つまりオフターゲット変異の蓄積の結果なのです」と説明します。

 品種改良、育種は昔、自然の突然変異からよいものを選択していました。近世以降は人為的に行われるようになり、遺伝資源を組み合わせたり、人工的な変異を付け加えたりして、飛躍的にすぐれた品種が生まれるようになりました。

 有用種同士の交配にしても、地理的に遠く離れて絶対に自然交配は起こりえないような種を飛行機で運んで交配させたりしますから、自然に沿うものとは言いがたいのです。「自然でなければイヤ」と決めてしまったら、現代においては米や野菜、果物など、ほとんどの食品を食べられず、飢え死にすることになります。

 こうした歴史も踏まえて、皆さんにはゲノム編集技術やその表示についても関心を持って判断してほしい。そう願っています。

 

<参考文献>
・厚生労働省・薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-yakuji_148834.html

・消費者委員会食品表示部会第54回、第55回会合
https://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/syokuhinhyouji/

・消費者庁・遺伝子組換え表示制度に関する情報
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/quality/genetically_modified/

・農林水産技術会議・ゲノム編集技術
http://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/genom_editting.htm

・東京新聞2019年6月22日朝刊

・毎日新聞2019年6月20日付・ゲノム編集食品、表示義務化見送りへ
https://mainichi.jp/articles/20190620/k00/00m/040/189000c

・厚労省・「ゲノム編集技術応用食品等の食品衛生上の取扱要領(案)」及び「届出に係る留意事項(案)」に係る御意見の募集について
https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495190105&Mode=0

  
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