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2019年7月10日

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日本のエンターテインメント業界で絶大な影響力をもっていた、芸能事務所「ジャニーズ事務所」創業者で社長のジャニー喜多川氏が9日、くも膜下出血のため東京の病院で死去した。87歳だった。共同通信ジャパン・タイムズなど同国メディアが伝えた。

喜多川氏は6月18日に倒れ、病院に入院していた。しかし、一連の出来事は伏せられていた。

最期の日々は、同氏の指導を受け、「子どもたち」のようだと言われた人々と過ごしたという。

ジャニーズ事務所は9日、「最愛の子供達の愛に包まれながら、人生の幕を下ろしました」と喜多川氏の死去を発表した。

232曲の1位シングル

同氏は半世紀以上にわたり、SMAP、嵐、KAT-TUNなどいくつもの有名男性アイドルグループを、ジャニーズ事務所から世に送り出した。

人気者に育てたアーティストの多くは、テレビ界でもスターとなった。

1974~2010年にチャート1位を記録したシングルのうち、喜多川氏のプロデュースによるものは232曲に上った。

しかし、本人が表舞台に立つことや取材を受けることはほとんどなく、写真を撮られることも許可しなかった。

市場をほぼ独占

ギネス世界記録には、「最も多くのチャート1位のシングル」「最も多くのチャート1位を獲得したアーティスト」「最も多くのコンサート」をそれぞれプロデュースした人物として、その名を計3回刻んだ。

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1931年に米ロサンゼルスで生まれた喜多川氏は、幼いころに家族と日本に戻った。1962年に草分け的な4人組ポップグループ「ジャニーズ」を結成し、芸能界に進んだ。

男性が踊るのはみっともないとされた時代に、喜多川氏はあえて文化的規範に挑戦したと、共同通信は伝えた。

創業したジャニーズ事務所は国内で非常に大きい力をもつようになり、多大な利益を生む男性グループ市場をほぼ独占した。

ただし、喜多川氏の経歴は「無事故」ではなかった。

1999年には、喜多川氏が少年たちを事務所で性的に虐待していると告発する一連の記事を、週刊文春が掲載した。

喜多川氏は告発内容を全面否定し、週刊文春を名誉毀損で訴えた。裁判には勝訴したが、のちに判決の一部が覆された。同氏が犯罪に問われたことはなかった。

<評伝>日本のエンターテインメント業界の首領――大井真理子、BBCニュース

喜多川氏の死去が報じられた直後から、ツイッターでは「#ジャニーさんありがとう」というハッシュタグをつけ、同氏に感謝するジャニーズファンたちの投稿が急増した。1962年に事務所を創業して以来、日本のエンターテインメント業界の首領となっていた。

ジャニー喜多川氏自身は常に舞台裏に控え、決して撮影も許可しなかったが、彼が世に送り出したJポップのグループは、世代を超えて日本人の心をとらえた。才能を見出す能力も評判だった。

一方で、物議をかもす人物でもあった。どれも証明されなかったが、パワハラと性的虐待の告発が繰り返された。

ジャニーズ事務所は業界であまりに圧倒的な存在だったため、ジャニー喜多川氏を批判することはほとんど不可能だった。強大なジャニーズ事務所を脅かそうと挑む人は、日本の主要メディアには皆無だった。

(英語記事 Japan boy-band mogul Johnny Kitagawa dies at 87

提供元:https://www.bbc.com/japanese/48932441

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