WEDGE REPORT

2019年7月24日

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崔 碩栄 (チェ・ソギョン)

ジャーナリスト

1972年韓国ソウル生まれ。韓国の大学で日本学を専攻し、1999年渡日。関東地方の国立大学で教育学修士号を取得。日本のミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事する。現在、フリーライターとして活動、日本に関する紹介記事を中心に雑誌などに寄稿。著書に『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』(彩図社刊)、『「反日モンスター」はこうして作られた-狂暴化する韓国人の心の中の怪物〈ケムル〉』(講談社刊)がある。

表裏不一致の不均等性がもたらす悲劇

 人は虚偽の姿を演じないで、自分に素直でいるときが、最もストレスから解放され過ごせるはずだ。好きなものがあれば素直に、それを食べたい、欲しい、好きだ、と、嫌いなものがあれば素直に、それは嫌だ、見たくない、欲しくない、と表明すること。つまり、外部からの刺激に対して自分の気持ちを素直に表現することができたら気楽だし、穏やかな気分で過ごせるのではないか。

 逆に、思っていることを表現することが出来ず、心にもないことを言わなければならないとき、人は表と裏の不一致にストレスを感じる。同調圧力によりやりたくない行動をした時、その場しのぎの嘘をついてしまった時、人間はその理不尽さと矛盾を感じ自分に失望したり、罪悪感に苦しんだりするのだ。

 多くの韓国人がカメラの前で、大衆の前では日本企業を非難し、日本の酒をぶちまけ、日本旅行放棄宣言をしてみせている。だが、だれも見ていないひとりの時間には毎週、誰かが、しかも不法でアップロードした「ワンピース」を求め、ネット上でそれを探し続けているのだ。このような二重生活を続けることは結局、その人にとって、そして韓国にとってマイナスになる可能性が高い。その矛盾を正当化するためには、世界を歪めて見つめなければならなくなるからだ。

 私が今回、韓国で起こっている日本製品不買運動を見て感じるのは個人の、それぞれの好み、嗜好が無視され、同調圧力や社会の空気によって進められているように見えるということだ。そして日本のマスコミが、その部分にだけ執拗にフォーカスを当て、まるで(表面的な)不買運動だけが韓国の雰囲気を代表する姿であるかのように報道しているのはとても残念に思う。ワンピースの動画を求め探し回っている韓国人の姿がマスコミの目には見えないのだろうか?あるいは見てはならない姿なのだろうか?

  
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