世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年8月5日

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 2015年に始まったイエメン戦争は今の世界で最悪の人道危機といってよい様相を呈している。人口の3分の2以上に当たる2400万人が援助を必要とし、これまでの死者数は数万人に上ると見込まれる。その多くは一般市民である。

(vkulieva/zanskar/iStock)

 イエメン戦争の大まかな構図は、サウジ、アラブ首長国連邦(UAE)が主導して支援するハーディ政権と、イランが支援するホーシー派の間での戦いである。よく言われる通り、イランとサウジとの代理戦争である。ところが、7月8日、UAEは、イエメン全土で部隊の配置転換、規模縮小を進めていることを発表した。「軍事第一」から「和平第一」への転換だという。撤退と言ってよい。

 UAEは、サウジアラビアなど同盟国を苛立たせる恐れがあるとして、その撤退を公式に説明していない。しかし、UAEは少なくとも5000人の部隊をイエメンに派遣し、政府軍と民兵を訓練して来たが、撤退させる意向である。UAEは2018年の主戦場であったホデイダ(紅海に面する港)で、人員、攻撃ヘリコプター、重砲の配備を大幅に削減したと言われている。2018年12月、ホデイダで国連仲介の停戦が発効したが、それが撤退の理由になった。

 サウジは主として空爆をしているが、地上軍でないと土地を確保し得ない。地上軍たるUAE軍と政府軍は、一地域でホーシ―派を追い詰め、殲滅する能力はあるが、全土を制圧する能力はない。他方、ホーシ―派はイランの支援を受け、サウジの空港にミサイル攻撃をし、無人機でサウジのパイプラインを攻撃したりしているが、これまた、全土を制圧する能力はない。要するに、この紛争には軍事的解決はなく、唯一の道は停戦、和平交渉なのである。それが実現するように努力すべきであろう。

 米国では、この戦争でサウジアラビア支援をやめるべしとの圧力が高まった。特に2018年、サウジによる反体制派ジャーナリストのカショギ殺害の後、圧力は強まり、サウジアラビアの実際の権力者、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)への不満が高まった。4月に米議会は、アメリカの関与を抑制するよう政権に求める超党派の決議を採択した。トランプ大統領は拒否権を行使したが、下院は現在、サウジアラビアへの弾薬提供を阻止する新たな取り組みを始めている。戦争に対するアメリカの嫌悪感の高まりは、UAEがサウジ主導の介入から距離を置く更なるインセンティブになった。同時に、米国とイランの間の緊張の高まりは、事態がさらにエスカレートした場合に備え、UAEに軍隊を国に戻しておくようにさせる一因になったと思われる。

 UAEの部隊が撤退したことは、停戦、和平交渉のきっかけになり得る。イエメン政府とホーシ―派はともに戦いに疲弊しており、停戦を選好する可能性はある。ただ、この戦争はサウジとイランの代理戦争になっている面が大きいので、イエメン人同士が合意したからといって、必ずしもそれで戦争が終結するわけではない。

 サウジの実力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)が、自分が大きく関与した戦争をやめ、停戦を選択するかどうか考えてみると、そう簡単ではないように思われる。他方、イラン側は、UAE部隊の撤退はサウジ主導連合の弱さを示すと考え、攻勢を強化することも考えられる。これに加え、米イランの対立が厳しくなっている。イランはホーシー派を使ってサウジ攻撃をする可能性を、米・サウジとイラン対立の構図の中で保持したいと考えることが十分にありうる。

 UAEの撤退でイエメン戦争の終結の光が出てきたとすれば、大いに歓迎できるが、停戦、和平の話し合いが進展するためには、超えられなければならない障害は多いと思われる。

  
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