補講 北朝鮮入門

2019年8月8日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 「金正日の料理人」として有名な藤本健二氏が「平壌で消えた」という情報が、6月下旬から7月上旬にかけて飛び交った。デイリー新潮が6月26日に報じたのを契機に、朝日新聞(電子版)も7月5日に「故金正日氏の料理人、平壌で所在不明に 拘束の情報も」と追いかけた。一方で7月8日にはジャーナリストの高橋浩佑氏が北朝鮮専門サイト「NK News」で、藤本氏の店で食事をした複数の客が同氏を目撃したと伝え、新潮や朝日の報道に疑問を投げかけた。

Gavin Hellier / robertharding /gettyimages

 真偽不明の情報が飛び交うのは北朝鮮関連では珍しくない。3本の記事は匿名の情報源によるものであり、決定的な証拠を突き付けるようなものではなかった。そんなことは無理だ。それが常識だった。

 ところが、7月23日になって驚きの情報が飛び込んできた。平壌に駐在する英国大使、コリン・クルック氏が「今日は藤本氏の日本食レストランでランチをした」とツイッターに投稿したのだ。大使と藤本氏が握手しているツーショットの写真付きである。このツイートを見た時には「こんな形で確認される時代になったのか」と、思わずつぶやいた。

 そう。北朝鮮といっても、完全な閉鎖社会ではないのだ。平壌発のツイッターはレアケースだとしても、外部との一定の往来は昔からあった。その中には、日本人を含む外国人による北朝鮮観光もある。インバウンドを成長戦略の柱と位置づける日本と同じように、北朝鮮にも観光政策が存在する。私たちが見落としがちな観点から北朝鮮の姿を見るという意欲的な取り組みが、礒﨑敦仁・慶應義塾大学准教授の新刊『北朝鮮と観光』だ。元外務官僚の作家、佐藤優氏は「この本を読んで、北朝鮮観光に出かけたくなった」という賛辞を寄せているが、単なるガイドブックではない。礒﨑氏は北朝鮮の観光政策を通じて、かの国の成り立ちや政治、日本や韓国との関係史を語っている。北朝鮮を立体的に理解しようとするための新たな道と言えるだろう。

「インスタ映えする平壌・板門店」ツアーも

 外国人観光客を受け入れることは北朝鮮にとって、体制宣伝と外貨獲得という一石二鳥の効果を持っている。核・ミサイル開発で課された国連安全保障理事会の制裁でも、観光業は対象とされていない。礒﨑氏は「いまの金正恩政権にとって、観光は堂々と外貨稼ぎをできる数少ない手段のひとつだ」と指摘する。2018年の日本人旅行者は300人強しかいなかったが、中国からの訪問者は約18万人だという。欧米からも年数千人が北朝鮮を観光しているという。日本人もかつて年間3000人以上が訪朝した時期がある。北朝鮮としては、こうした人々に北朝鮮体制の正統性を説明することができるし、外貨も落としてもらえる。まさに一石二鳥なのだ。

 しかし、これだけイメージの悪い国家に旅行しようという日本人というのは、どんな人たちなのだろうか。この点を礒﨑氏に聞くと、「一般の旅行者は2種類に分けられます。8割くらいは北朝鮮ウォッチャーやマニアと呼ばれる人たちと、怖いもの見たさという人々。残りが、世界中を旅し尽くしたという旅行愛好家」だという。私にとっては少し意外だったのだが、マニアたちの方が北朝鮮に対する視線は冷めていて「あらさがし」に走りやすいそうだ。旅行好きが高じてという人たちはむしろ、「思っていたより食事も美味しいし、治安もいい」と好印象を抱くケースが多いのだという。この他にも友好親善団体として訪問する「シンパ」の人たちもいるが、この人たちは一般的な観光客とは言えない。

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