立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年8月12日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

香港は「捨て駒」にされる

 格付け大手の米ムーディーズ・インベスターズ・サービスは7月5日、香港の中長期的地位についてネガティブ・コメントを出した。

 7月8日付けのNNAニュースは香港経済日報の記事を引用し報じた――。「格付け大手の米ムーディーズ・インベスターズ・サービスは5日、香港の『一国二制度』の期限を迎える2047年より前に、香港は中国本土から独立した経済体としての国際的地位を失う可能性があるとの見方を示した」

 英文の原文記事(https://sg.news.yahoo.com/erosion-hong-kong-institutional-autonomy-151903292.html)を調べると、案の定「a degree of political and economic independence(政治と経済の独立性を有する地位)」になっていた。

 重要なのは、「政治」のほうである。経済的独立性は「政治」に依存しているからだ。香港はかつて政治的にも経済的にも独立性を有していた。これらの独立性が失われれば、中国本土と比較しての競争優位性ないし制度的実力も薄れ、中国本土の格付けとの差が縮まる可能性が出てくる。

 2047年の「50年期限」まではまだ時間が残っているが、ただ昨今の一連の出来事により、国際社会、特に利害関係者(国)の懸念を招来する可能性をムーディーズ社が指摘している。それはつまり、香港を中国と同一視することを示唆している。

 香港の格付けが引き下げられた場合、信用リスクや資金調達コストが上昇する。結果的に香港の基幹産業である金融業の競争力低下につながる。もっとも懸念されるのは、米中貿易戦争の影響である。香港は中国本土に準ずる扱いにされれば、大きなダメージを受けることになるだろう。

 香港の衰退から利益を受けるのは、カナダ、シンガポールと台湾だ。カナダ、特にバンクーバーあたりには香港人移民が再び殺到する。いわゆる97年返還後の第二次移民ブームになる。金融セクターでは、シンガポールは香港からアジア主要金融センターの座を奪い、世界に君臨するだろう(金融センターの移転問題について、紙幅の都合上割愛する)。

 もう1つは、台湾の利益。香港が何からの形で「終了」した場合、逆説的だが、台湾の地位が保全される可能性が高まる。一国二制度の失敗が明確に証明された以上、「No more Hong Kong」の流れが台湾に有利に働くからである。もちろん、蔡英文氏にとって悪い話ではないはずだ。

 こうして米中新冷戦の中で、香港は全体的対中戦の早期勝利を得るための「捨て駒」にされる可能性が高まる。道徳的な善悪を別としても、局所最適と全体最適の関係を考えれば、異なる景色や合理性が見えてくるはずだ。

 「どんな手段でも、また、たとえ非道徳的行為であっても、結果として国家の利益を増進させるなら許される」。イタリア・ルネサンス期の政治思想家マキアヴェッリの思想は現代の世界にも生きている。政治は冷酷なものである。

  
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