Wedge REPORT

2012年3月1日

 政府ができることは、まずパブリックコメントの方法を変えることでしょう。もっとインタラクティブになる必要があります。今の方法では、設問が大まかなので、有益な情報が得づらい。海外には、政策の意図をきちんと記し、具体性のある質問を多数設定している国もあります。答える側も、具体的な提案がしやすい。外部に分析も依頼し、政府の回答もまとめて市民にフィードバックし、政策に反映している。有意義な結果が得られると同時に、手間をかけていることで国民の信頼も得られます。

 国民の間でも、科学技術に関してもっと自発的に意見交換の場を設けてほしい。一見自分と関係がないように見えることでも、今回の原発事故のように、いつ何が起こるか分かりません。専門的なことも勉強すればある程度理解できるはずですし、例えば携帯電話の使い勝手を考えた時に、用いられている技術を理解していなくとも、ユーザーとしての観点から意見を述べることもできます。ある科学技術コミュニケーションのイベントで、再生医療について話し合われた際、「保険は適用されるのか」という疑問が生じました。参加者に、生命保険会社の社員がいて、回答していましたが、このように職業人として思いがけない観点から意見が述べられることもあります。こうした場を、制度や仕組みというよりも、文化として広めていきたい。10年、20年スパンの時間がかかるけれども、実現していきたいと思います。

「科学」において市民の声を聞く必要性とは?

――平川先生が仰るように、科学者と市民との間で適切なコミュニケーションが図られ、市民が理解したうえで出した考えを踏まえて政策決定がなされるのが理想だと思います。しかし、こうしたプロセスを経ることで、議論が滞ったり、市民の感情論で間違った方向に政策が進んでしまったりする、という懸念はないのでしょうか。

平川准教授:確かに、市民が出した答えが正しいとは限りません。しかし、政府が独断で下した政治的判断も、間違えることがあります。できる限り間違わないようにする努力をする一方で、失敗を受け入れるプロセスを経るためにも、市民とのやりとりは必要と感じます。排除すれば、それだけで「受け入れられなかった」と感じ、政府の判断が間違いと分かれば余計に反発を抱きます。まさに今回の一連の原発問題がそうでしょう。市民の声を聞いたうえで、反映できる点もできない点も、政府は真摯に説明する責任があります。

 原発事故以降、極端な思考や行動に走り、冷静な議論ができない「先鋭化」してしまった人たちがいます。彼らにもともとそういう傾向があったのかもしれませんが、同時に社会が彼らを「孤立」させてしまった側面もあると思います。放射能への不安を言語化できない、話を聞いてもらえない、頭ごなしに「ゼロリスク」を否定される…。

 私の同僚で、女川町や六ヶ所村で原発に関して住民とのコミュニケーションを何年も続けていた人がいます。国や電力会社の一方的な説明会で罵声を浴びせるような人も、対話の場では実に普通に話をすると言っていました。本人に率直にその疑問をぶつけてみると、「ここはちゃんと話を聞いてくれるから」と言ったそうです。意思決定に責任を負う側が、正面から話を聞くという覚悟をもつことで、実は冷静に議論ができるのです。聞いてもらえるだけでも、人間はかなり不安が解消されますし、アドバイスを聞く気持ちにもなる。「何か問題か」「何を不安に感じているのか」。わかるだけでも、「腰を据えて」不安になれます。

 今回の不幸な事故を、政府、市民がそれぞれの立場から教訓にし、私も含めて大学などがコミュニケーションの場を提供しながら、熟議を重ねられる社会をつくっていきたいと思います。
 

平川 秀幸(ひらかわ・ひでゆき)
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター准教授。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程博士候補資格取得後退学。博士(学術)。専門は科学技術社会論(科学技術ガバナンス論、市民参加論)。98年末から2000年まで、(財)政策科学研究所客員研究員として、科学技術政策関係のプロジェクトに参加。著書に『科学は誰のものか』(NHK生活人新書)、『リスクコミュニケーション論』(共著、大阪大学出版会)、『もうダマされないための「科学」講義』(共著、光文社新書)などがある。


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