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2019年9月10日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

昨年のフォーラムが方針転換の原点

 「東方経済フォーラム」は毎年開かれており、昨年はプーチン大統領が、「前提条件なしの平和条約締結」を提案、これが伏線となって、昨年11月のシンガポール合意につながった。

 合意は、1956年の「日ソ共同宣言」を交渉の基礎として加速させるという内容で、「日ソ共同宣言」は、戦争状態の終結、歯舞、色丹両島の日本への引き渡しなどが盛り込まれている。

 「国後」「択捉」両島の名前はないため、これを基礎の交渉することは、「2島返還」を意味すると受け取られた。実際、安倍首相も国会などで「私たちの主張をしていればいいということではない。それで(戦後)70年間まったく(状況は)変わらなかった)と述べ、「4島返還」要求を放棄して「2島返還」へと舵を切ったことを事実上認めた。日本政府の一貫した要求からの大転換であり、本来なら国会を解散して国民の信を問う必要があるくらいの大問題だった。

 共同宣言には国後、択捉の名こそ入らなかったが、その交渉過程で交換された松本俊一全権(当時)とグロムイコ外務次官(同、のちのソ連外相)との書簡で、間接表現ながら両島の返還交渉に言及されている。時代を下って1993(平成5)年の細川護熙首相とエリツィン・ロシア大統領(いずれも当時)による「東京宣言」にも帰属を解決すべき問題として、4島が明記された。

 シンガポール合意はこうした事実に故意に目をつぶっているといわざるをえない。

ロシアの強硬姿勢の背景に内政問題

 安倍首相は、方針変更によってロシアが2島の返還に応じてくると楽観視していたようで、「私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つ」と大見えを切っていたが、事態は全く違った方向に進んだ。

 2019年に入ってから、ロシアは返還どころか、態度をさらに硬化させた。

 1月にモスクワで行われた外相会談でラブロフ外相は、北方領土について「第2次大戦の結果、ロシア領になった」などと歴史をねじ曲げる暴論を披歴。プーチン大統領も3月、ロシア紙のインタビューに対し「(領土交渉の)勢いは失われた」「日本は米国との(安保)条約から離脱しなければならない」などと見当違いの不当な要求を突きつけ、「2島返還」による解決が幻想であったことを日本側に思い知らせた。

 ロシアがかたくなな姿勢に戻ったのは、国内経済の低迷などでプーチン政権への国民の不満が高まっていることがあると指摘されている。厳しい国内事情が領土という大きな問題での妥協を許さないということであり、今後もこうした姿勢を貫いてくると予想される。

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