チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年3月16日

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有本 香 (ありもと・かおり)

ジャーナリスト

企画会社経営。東京外国語大学卒業後、雑誌編集長を経て独立。近年とくに中国の民族問題の取材に注力している。『中国はチベットからパンダを盗んだ』(講談社)『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』(祥伝社)の他、近著に『中国の「日本買収」計画』(WAC BUNKO)がある。

 「各地の資源採掘権が、チベット外の業者に売られます。もちろん、将来にわたってそこから上がる収益を地元当局に配分するという契約で、です。ときには採掘を外国企業が請け負うこともある。しかし、土地の持ち主であったチベット人らに還元される利益はゼロ。それどころか、彼らは生きるためのすべてを奪われているのです。さらに、乱開発はチベットに深刻な環境破壊をもたらしている。一度荒れた土地は元に戻りません」

 1951年、中国共産党のラサ侵攻以来ずっと、各地で、チベット人から接収された土地には、中国側から漢人の移住者がなだれ込み、そこが「中国化」する、というチベット側にとっての負の歴史が積み重ねられてきた。今やチベット内の都市部では、そこがチベットであるにもかかわらず、チベット人が「少数派」となっている現実もある。

 一方、60年に及ぶ、中国共産党の支配の中では、多くの寺院や文化財が破壊され、チベット仏教が著しく弾圧され、ダライ・ラマ14世法王を中心とした多くの高僧が国外亡命を余儀なくされた。が、それでも、チベットの文化、アイデンティティが守られ、継がれてきたのは、各地の寺院における僧侶らの命がけの尽力があったからだ。その僧侶らが今、次々に、焼身に及ぶのはなぜなのか?

 「すべてを奪われて、ほかに手段がないところまで追いつめられているからです。もちろん4年前も厳しかったけれど、今の厳しさは当時の比ではない。そんななかで、何とかしてチベットの窮状を訴えたい、という思いからの行動だと理解しています」

 殺生を厳しく禁じるチベット仏教では、自殺は、最も重い罪の一つだと代表は強調する。

 「チベット仏教では、自殺をした者は、来生で、人に生まれ変わることはできないとされます。それは、私たち俗人でもよくわかっていることですから、お坊さんが、その罪の重さを知らないはずはありません。しかし、自分の身や来生がどうなろうといい。祖国のため、民族のために、という思いなのでしょう」

 チベット人の思いは複雑だ。焼身した人々が示した究極の自己犠牲の精神、そして勇気を「称える」気持ちは当然にある。しかし一方で、皆が「罪」を深く認識している。ダライ・ラマ法王も、カルマパ17世も、さらに昨年夏に就任したチベット亡命政府の首席大臣も、それぞれメッセージの中で、焼身を止めるよう呼びかけている。

寺院、僧侶らへの徹底した弾圧

 日本では、焼身が、「護摩を焚く」ことに通じる、一種の聖なる行為であるがゆえに、僧侶らが相次いでそうした行為に及ぶのだとの“解説”を加えた人がいたが、ラクパ・ツォコ代表は、「私はそのようには承知していません」という。筆者はこの件を、ダラム・サラに住む、ある高僧にも確認したが、きっぱりと「それは誤解だ」との答えが返ってきた。

 「宗教的な聖なる行為」などということで、あたかも、チベット仏教の僧侶やチベット人が、われわれとは異なる次元に住む人々であるかのように誤解させかねない、この種の言説はひじょうに危険だ。チベット人の信心深さやチベット仏教そのものに敬意を払うとこととはむしろ逆に、彼らを、われわれからは遠い=理解不能な人々のように見てしまう、誤った意識を多くの日本人に植え付けかねない。このことは、イスラム教徒にとっての「聖戦」が誤解されて伝わったこととも共通する、一種の印象操作の匂いすらある。

 ところで、08年以降、中国当局によるチベット仏教への弾圧はいっそう厳しさ、激しさを増した。発端は、08年のチベット人らによる命がけの抵抗活動に驚愕した中国政府が、秘密裏に開いた会議で決められた方針にあったとされるのだが、その真意は何なのだろうか?(後篇に続く)

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜


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