チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年3月22日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 全国人民代表大会(=全人代)直前に毎年決まって行われる恒例の世論調査に始まり、総理の活動報告、さらには外務大臣会見や地方代表団の会見、そして締め括りとなった温家宝総理の3時間に及んだ内外記者との会見というように、今年の全人代は何とも話題が豊富であった。

「ゴム版会議」はもはや過去のもの

 2010年3月、鄧玉嬌事件(レイプ被害女性が加害者の地元有力者を殺害した事件)に絡んで湖北省代表として会見に臨んだ省長らを地元メディアの記者たちが吊るし上げるという驚きの場面に接して以来、全人代の変化は年を追うごとに加速度を増してきているようだ。

 かつて「ゴム判会議」――反対票がなく党の決定を形式的に追認する機能しかないことを揶揄して付けられた蔑称――と呼ばれた会議もいまや正確に中国の世相を反映し、国が直面する問題を網羅的に指し示す役割をきちんと果たし始めている。まさに全人代を見れば、中国のいまが分かるといった印象さえ受けるのだ。

”国依存型中国社会〟の現出

 まず、全人代開催に当って「人民網」(ピープルズネット)が行った「最も関心の高い問題は何か?」という質問に対する回答だ。結果は第1位が「社会保障」。社会保障が1位になるのは、これで3年連続のことだが、筆者には「意外」という印象が拭えない。

 もちろん年金のカバー率が15%と低く、医療保障制度も日本の水準で考えれば公務員以外はほとんど無いに等しい中国のことだから、この結果は当然といえるかもしれない。ただ、以前であれば人々に国家を頼りにする感覚が薄く、老後も病気も「自分で何とかする」との考え方が一般的だったように思うのだ。お上を当てにしないのが中国人の特徴であり、それ故に中国社会には民間セーフティーネットの発達が見られたのである。

 つまり3年連続「社会保障」が最大の関心事となったということは、従来とは違い「国を当てにする」依存型の中国社会がそこに現出しつつあることを予感させているのだ。

 昨春、中東に政権打倒の連鎖を生んだ「ジャスミン革命」における革命の主体は、国家への依存心が強い中間層だった。それに対し中国のように国家を当てにしない貧困層が不満の中心であったことが彼我の明暗を分けたと考えられている。

 それだけにこの変化の意味は深い。

 家族や親戚、出身地による結束が固い中国社会にも、日本と同じく都市化の波が訪れ、人間関係の希薄化が進んだということなのだろうか。中国の都市化率が50%を超えたことにも関連しているのかもしれない。いずれにせよ、中国社会に見られ始めたこうした変化は、政権にとって限りなく重い課題となる可能性を孕んでいる。

「保八」を放棄 老化現象始まった中国経済

 続いての注目は温家宝総理の政府活動報告である。多岐にわたるテーマが扱われたが、やはり重点が置かれていたのは経済である。GDPの目標値を7.5%と8年で初めて8%を下回ったことは、世界中のメディアが大きく取り上げた。彼らが新規雇用を確保するため死守しなければならないとしていた「保八」(8%成長を維持すること)を放棄した理由は、経済の構造転換に備えるためだ。

 私自身、このコラムをはじめさまざまな媒体で指摘してきたように中国経済の問題は日本でいわれる“バブルの崩壊”ではなく、経済発展の新たなステージへの転換期を迎えたことだ。これは人間にたとえれば老化のようなもので、病気ほど深刻な打撃はなくとも処方箋も見つからないといった変化だ。

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