世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2012年4月5日

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 Foreign Affairs誌3-4月号で、米スタンフォード大フーバー研究所のFouad Ajamiが、今回の「アラブの春」は、19世紀末、1950年代に次ぐ、第三の大きな改革の波だ、ただ、これが今後、専制に傾くのか、自由の方に向かうのかはまだわからないと述べて、「アラブの春」を巨視的に捉えようとしています。

 すなわち、「アラブの春」は、19世紀末、衰退するトルコ帝国の中で近代化を目指した第一波、1950年代のナセルなどによる反植民地主義を中心とする第二波に匹敵する、歴史的なアラブ覚醒の大きな波だ。アジア、中南米、東欧と、世界中が民主化する中で、唯一例外と思われていた中東で急に専制主義への反抗が次々と拡がっていった。

 ただ、その様相は国によって異なる。その中でシリアは、アラウィ少数派が作った恐るべき専制国家だ。アラウィ派とクルド族を除く各都市で反乱が起きており、人口増加率が高いこともあって、財政的にも困難な状況にある。また、残虐ではあったが、アラブと一体だった父アサドと違い、息子アサドは、通常アラブ諸国の専制には寛容なアラブ連盟からも外されている。

 戦いはまだ続くだろう。将来のことはわからないが、シリアでは政権と人民との絆は修復不可能なまでに破壊され、バース党とアラウィ派の軍・情報機関を基盤とするアサド体制はもう崩れている。

 他方、エジプトは、今後の事態の進展次第だ。最悪のシナリオは、イスラム共和国が出現し、コプトが国外に逃れ、観光収入が失われ、再び専制政治の下に置かれることだが、エジプトには自由な時代の記憶があるので、そうなることに抵抗はあるだろう。

 しかし、自由な勢力にはまだ政権担当能力はない。モスレム同砲団は満を持しているが、民衆は警戒的だ。事態が落ち着いてくるに従い、軍・モスレム同砲団・リベラルな市民が競合することになろう。

 問題は、エジプトに経済的基盤がないことで、その点が、産油国イランとも、ブルジョア市民階級があるトルコとも違う。同胞団や軍が政権を取るのを躊躇する理由はそこにある。ただ、ムバラクを法廷に裁こうとしているように、常識と現実主義が事態を収拾する可能性はある。

 各勢力間で利益と責任を分担する形態としては、同胞団が教育・福祉・司法を、軍が安全保障・情報・対米関係・軍人の特権維持を担当し、リベラルな市民階級は発言力を維持して将来の大統領選挙のための指導者を求めていくことが考えられる。かつてE.M.Forsterも、エジプト人は対立する意見を調和させる能力があると言った、と述べ、将来には危険と希望が待ち受けている。それは監獄であるかも知れないし、自由であるかも知れない、と結んでいます。

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 Fouad Ajamiは、ブッシュ時代のイラク戦争の頃、ウォルフォヴィッツやコンディ・ライスなどがアラブ問題全てについて教えを乞うた政治社会学者です。文章や表現は哲学的で晦渋ですが、分析は深く、鋭く、参考になります。

 上記の分析の中で、シリアのアサドに関する見通しは、悲観的に過ぎる感もあります。レバノン出身のリベラルであるアジャミにとり、シリアのバース党政権は仇敵だからかもしれません。しかし、民衆の信を失った分だけ、危機感を高めたアラウィ派の結束は強いでしょう。また、民衆の支持が全く無い中で、治安能力だけで生き延びている北朝鮮などの例もあります。アサド体制も、弾圧による治安維持能力だけで生き延びる可能性はまだあるように思われます。

 混沌として誰にも見通しが立たないエジプトの将来についての分析はさすがです。たしかに、一般に反体制勢力(ここではモスレム同胞団)は、専ら国内の政治社会体制に関心があり、外交安全保障には関心が乏しいのが通例です(これは日本にも当てはまるでしょう)。従って、安全保障や外交、そして最大の援助資金源の米国との関係維持は、従来通り軍に任せるということも現実的に可能でしょう。また、その間、これまで組織を持たなかったリベラルなインテリが次第に政治的発言力を高めていくということも、多分に希望的観測もあるかもしれませんが、一つの可能性でしょう。


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