佐藤忠男の映画人国記

2012年5月10日

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 成瀬巳喜男(1905~69年)は四谷の出身で家は職人だった。蒲田撮影所に小道具係として入り、監督になった。のちに東宝に引き抜かれて多くの名作を残したが、その作風は蒲田調の直系と言っていい。

 この成瀬に東宝で助手としてついたことのある黒澤明(1910~98年)は品川区の大井町の生まれである。晩年の「夢」(1990年)には幼い男の子が「黒澤」という表札のある家の表にたたずんでいる場面があるが、幼い頃の思い出の1コマだろうか。周囲は殆ど田舎で近くに林がある。大正初期、さあ、どうだろう。

 明治の東京と大阪を背景にした名作「残菊物語」(1939年)をはじめ古い時代の東京を描いては最高の溝口健二(1898~1956年)は本郷は湯島の生まれである。日本橋の芸者だった姉の家で世話になり、向島の日活向島撮影所で助手から監督になった。歌舞伎や新派劇に精通していたから、江戸=東京の情感については最良の人だった。

 超モダーンな作風で江戸趣味などとは無縁な感じの鈴木清順がじつは日本橋の生まれ。ただし関東大震災ですぐに本所亀沢町(現墨田区両国)に移っている。旧制高校は青森の弘前で、戦争から帰ると「鎌倉アカデミア」という文化人の集ったユニークな学校で学んでいる。多様な地方を自由に選んで、奔放なイメージをはぐくんだのだと思う。 (次回は東京都出身の監督編その2)


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