WEDGE REPORT

2012年4月27日

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森本紀行 (もりもと・のりゆき)

HCアセットマネジメント代表取締役社長

1957年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業後、三井生命保険を経て、ワイアット(現タワーズワトソン)に入社。日本で初めて、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。2002年、投資一任の投資顧問業、HCアセットマネジメントを設立。専門は法哲学。

東京電力の会長人事がなかなか決まらず、ようやく本日(4月27日)、「総合特別事業計画」が枝野幸男経済産業大臣に提出される。
各種報道によれば、国は議決権付き種類株などを取得。東電の株式を十分に保有し、将来的にそれらを増やすことができるオプションを握るようだ。
高まる“東電憎し”の世論を意識した「実質国有化」といってよいだろう。
マスコミ報道ではこれまで、国が持つ株式が3分の1超か、過半か、はたまた3分の2か、といったことばかりに注目してきた。
しかし、事の本質は資本注入の多寡にあるのではない。「この国有化が正しいのかどうか」である。
誰もが見過ごしている、重大な政府の欺瞞を指摘する。

 東京電力に向けられる批判には正当なものも多かろうが、冷静に事実と法律だけを直視したとき、いわれなき批判とみなされるものもあるのではないか。東京電力については、政府の定めた安全基準違反や事故原因になる過失のあったことは立証されていない。東京電力は法律上の無過失責任のもとで賠償責任を認めただけである。そこに批判されるべき要素はないのだ。

 一方、政府こそ批判されるべきではないのか。政府は東京電力に第一義的な原子力損害補償責任があるというが、その意味は第二義的には政府に責任があることを認めたものであろう。しかし、私には政府は果たすべき責任を果たしていないように思える。

 政府は、自らの責任を棚に上げて、東京電力にいわれなき批判をぶつけることで不当な国有化を実現しようとし、結果的に国民に賠償責任を負わせようとしている。この不正を糺すことが国民に求められているのではないか。国民の批判の目は、東京電力もさることながら、より政府に向けられるべきではないのか。

法律が定める政府の責任

 「原子力損害の賠償に関する法律」は、第16条で、原子力事業者の損害賠償履行について「必要な援助を行なうものとする」という政府の義務を定めている。事実、政府は東京電力の支援にあたっており、責任を果たしているようにみえる。しかし、本来の法律の趣旨は政府のとった施策とは全く異なるものであったはずだ。その鍵となるのが東京電力の無過失無限責任の意味である。

(出所)ウェッジ作成
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 一般の過失責任では、被害者に過失の立証責任がある。原子力発電のように専門性の著しく高い分野では、過失立証は困難であり、被害者の立場は著しく不利なものになる。

 そこで、法律は原子力事業者に無過失責任を課した。同時に、損害の見積りも困難であり、過失相当の賠償ということもないため、責任額に上限を設けない無限責任も課した。これが無過失無限責任である。

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