2024年4月19日(金)

Wedge REPORT

2020年1月22日

 外国人労働者受け入れのため、政府は昨年、新たな在留資格「特定技能」を創設した。介護や建設、農業など14の業種で、5年間で最大34万5000人、初年度だけでも4万7550人の受け入れが見込まれる。

 特定技能外国人に対し、人手不足の企業の期待は高い。だが、受け入れは今のところ進んでおらず、資格を得た外国人の数は昨年12月13日時点で、わずか1732人に過ぎない。

 特定技能の資格取得には、一定の日本語能力と業種ごとに定める技能試験に合格しなければならない。試験は日本国内と海外の両方で実施される。語学力の基準は日本語能力試験「N4」レベルだ。同試験の下から2レベル目だが、日本語に馴染みのない外国人には低いハードルではない。

 資格対象者の多くは、実習生や留学生として日本で暮らした経験のある外国人となるだろう。日本で3年間働いた実習生に限っては、2つの試験免除で資格が取得できる。

 その送り出し国として最も注目を集めるのが、実習生の半数以上を派遣しているベトナムだ。元実習生や元留学生は、再び日本で働く気はあるのだろうか。

 高知県のトマト農園で実習生として働いた後、2018年1月にベトナムへ帰国したディムさん(24歳)は現在、ホーチミンのIT企業に勤務している。仕事は営業職で、取引先には日本の企業も多い。

ホーチミン市のダウンタウン( Kittikorn/gettyimages)

「やっぱりベトナムがいい」

 筆者はディムさんが実習生だった頃に出会った。当時、彼女の日本語は簡単な会話が成立する程度だった。それが今では、電話やメールでのやりとりも普通にできるほど上達している。仕事で日本語を使うことが多いからだ。特定技能の試験も簡単にクリアできるだろう。彼女は再来日についてどう考えているのか。

 「日本でまた働いてみたい気持ちはあります」

 そう述べた後、少し語気を強めて続けた。

 「でも、(特定技能で認められる就労期間を終えて)ベトナムに戻った後、何をするんですか?」

 特定技能外国人は、最長5年にわたって就労できる。とはいえ、長く働いてもベトナムに帰国して活かせる「技能」は身につかない。実習生と同様、仕事は職種にかかわらず単純労働だからだ。

 5年を経て帰国する頃には、彼女は30歳を迎える。ベトナム人は日本人より結婚年齢が総じて早い。20代後半の青春期を異国で仕事に明け暮れているうち、婚期を逃すことも心配なのだ。

 特定技能には5年の就労が認められる「1号」に加え、日本での永住に道を開く「2号」がある。2号の導入は当面見送られているが、“人権派”の識者らの間では早期導入を望む声が強い。母国からの家族帯同も認め、移民として受け入れるべきだとの主張である。しかし、ディムさんは日本で移民になることなど望んではいない。

 「ずっと住むなら、やっぱりベトナムがいいです。5年でも少し長いと思います」

 「やっぱりベトナムがいい」という言葉は、これまで筆者が取材してきたベトナム人たちから繰り返し聞かされてきた。彼らは好き好んで日本へと出稼ぎに来るわけではない。できればベトナムで家族と一緒に暮らしたいが、母国にいては貧困から抜け出せない。そのため仕方なく、海外へ出稼ぎに向かう。

 ディムさんが再来日を躊躇するのには、実習生時代の苦い体験も影響している。

 就労先となったトマト農園で、彼女は奴隷のように酷使された。仕事は朝7時から深夜に及び、しかも重労働だった。炎天下、トマトを植えるため鋤(すき)で畝(うね)をつくる作業は、農家出身の彼女にも堪えた。大きな釜でトマトジュースをつくる仕事では、何度となく火傷も負った。

 そんな重労働にかかわらず、手取り給与は月10万円にも満たなかった。実習生の基本給は通常、都道府県ごとの最低賃金がベースとなる。しかもディムさんの農園は、残業代をわずか「時給300円」ほどしか払っていなかった。最低賃金を大きく下回る違法行為だが、彼女には問題を訴える術がなかった。さらには「光熱費」などと称し、様々な名目で実費をはるかに上回る額を天引きされてもいた。

 ひどい待遇に耐えかね、職場から失踪していく実習生も相次いだ。逃亡の誘いはディムさんにもあったが、彼女は拒んだ。ベトナムの家族に心配をかけたくなかったからである。

 実習は3年の契約だった。しかし、さすがに我慢ができなくなり、契約満了の半年ほど前にベトナムへと帰国した。

 「あの頃のことは思い出したくもありません。私が働いていた農園は、今もベトナムから実習生が受け入れています。だけど以前と同じように、次々と職場から逃げ出しているようです」

 実習生の失踪は2018年、過去最高の9052人に達した。低賃金・重労働が影響し、不法就労しようとする者が後を絶たないのだ。


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