2024年4月25日(木)

変わる農業 変わらぬ農政

2012年5月8日

 しかし、日本はこれまで、農産物輸出で大きな実績がない。事実、2010年の日本の農林水産物輸出の総額は4920億円であり、農産物に限るとわずか2865億円。国連食糧農業機関(FAO)の「statistical yearbook 2010」を見ると、1位のアメリカは約1200億ドル、2位のオランダが約800億ドルなのに対し、日本の農産物輸出は27億ドルで21位という低位に甘んじている(いずれの国も08年の数値)。

 「日本の農産品は高品質で、世界の富裕層に人気がある」とのマスコミ報道により、日本はあたかも農業輸出大国と見られがちだが、現実はまったく逆である。事実、筆者の友人である中国の農業経済学者は「高価な日本米は富裕層の贈答品程度でナンセンスだ」と言っているほどである。

国際競争力の第一条件は「品質」でなく「価格水準」

 国際競争力の第一条件は言うまでもなく「品質」でなく、「価格水準」である。これは、農産物以外でも同じことが言えるだろう。日本のマスコミ報道は、日本の農産物の品質プレミアムだけを殊更強調し、過大評価し過ぎる傾向にあるが、品質と価格は分けて考えなくてはいけない。

 また、日本は生産性向上に全力を注ぐ必要がある。農地の集約化による大規模化も必要だが、戦後、世界の生産性改善の80%は単収増加によるという研究結果もあり、日本が得意とするハイテク、バイテク、ITなど先端的技術革新を総動員して、国際競争力を実現する政策が必要である。

日欧農政 「3つ」の相違点

 日本とEUの農政の相違点を改めて考えてみたい。

 第一に、EUが農家のフェアな所得水準を目指したのに対して、日本は他産業と同水準の所得を目指した点にあると元EC幹部は指摘する。すなわち経済成長による産業界給与の増加を、コメ価格に転嫁したので、毎年米価闘争が発生した。さらにコメ価格を世界市場とは無関係に、人為的に歪曲された価格水準に押し上げた。これが今日のコメ問題の発生理由である。コメ価格を市場価格に戻すことが重要な課題となっているが、政治的に可能かどうかが焦点である。

 第二は、日本がガット交渉で弱い立場になったのは、農業政策のせいではなく、自由貿易を最大限利用した工業製品の巨大な輸出国だったのが原因だと前出のEC元幹部は指摘する。

 第三は、日本はEUと違い、農産物を輸出しないにもかかわらず国際市場から隔離した。既に述べたように、EUが域内の農産物価格全般を世界価格の約2倍に引上げ、それを維持するために可変輸入課徴金制度を導入した。この課徴金は、毎日の為替変動も反映される最強の国境措置だった。しかし、課徴金を払えば外国産品は自由に輸入され、域内産と競争できた。

 換言すると、域内生産者は最初から輸入産品と、世界価格の2倍前後で競争していたのである。域内市場は国際市場からビジネス的には隔離されなかった。筆者自身がこれらの貿易活動に携わっていたのでよく理解できる。

「輸出支援可能な農政」への転換を

 日本がCAP改革の歴史に学ぶとすれば、包括的で、適度の関税の下で、まず輸入品と国産品の競争が実現できる制度を構築することではないか。さらに国内市場の縮小を前提に、成長する世界の食料需要を目指した、「輸出を支援できる農政」への転換が必要である。

 輸出振興とは、市場アクセス改善(関税引き下げ)を相手国に要求することであり、同時に自国市場へのアクセスも改善する義務がある。そのための国内農業制度改革が喫緊の課題となっている。

 国際競争は非常に厳しく、長期的戦略と投資が必要なので、農業界とビジネス界が協調して、慎重に実践的戦略を立案する必要がある。

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