2024年4月25日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2020年2月14日

「令和時代に坂本龍馬が生きていたら、中央集権国家を造ろうとは思わないでしょうね」

 長崎大学教授の松島大輔さんは、そう断言する。もはや、国家主導ではなく、都市(地域)間でグローバルに戦う時代に入っている。時代の先を見通す目を持った坂本龍馬が今いれば、当然、この変化に気付いていたはず。

 「危機感がないことが一番の危機です」。世の中はどんどん変わっていっているにもかかわらず、日本には危機感が少ない。

バンコクに住む(旅行者含む)日本人は10万人にも上ると言われる(tampatra/gettyimages)

 そんな危機感から上梓したのが、『新アジアビジネス グローバルアントレプレナーの教科書』(日経BP)。1997年に経済産業省にキャリアとして入省後、2006~10年がインド、11~15年までタイで過ごした。役所勤めで、よくそんな長期で海外駐在しましたね? と尋ねると「自分でポストを作ったんですよ」と、笑う。

日本のモテ期は終わっている

『新アジアビジネス』 長崎大学教授。東京大学経済学部卒業(特選論文受賞)。ハーバード大学修士。1998年通商産業省入省後、各種産業立法準備作業に従事したあと、2006~2010年にインド・デリーに駐在、2011~2015年にはタイ政府国家経済社会開発委員会政策顧問としてバンコク駐在した。インドや東南アジアにおけるDMIC構想、お互いプロジェクトなど、各種新規政策案件の立ち上げや、現地産官学との交流を通じ、1000社以上の企業の新興アジアビジネス支援を実践、日本企業、特に地方の中小企業の可能性を「発見」するとともに、いかに日本政府がその海外展開支援体制を構築すべきか、システムメーカーをもって任じた。各国政府・財閥との交渉を通じて、日本には次世代のグローバル人材が徹底的に不足し、これでは海外で戦えないことを痛感。帰国後官途を辞し、2015年10月より長崎大学で本物のグローバル人材育成のため教鞭を執る傍ら、日本の地方中堅・中小企業が、海外の各地域の課題を解決しながらビジネスの案件形成を目指す実践を展開、グローバルアントレプレナー教育の体系化と越境型イノベーションの理論化の研究を進めている。専門分野、越境型イノベーション、グローバル経営、グローバルアントレプレナー教育、産業政地政学、グローバル・スタートアップス

 松島さんが経産省を辞めて、大学の世界に飛び込んだのは、根っこの部分、つまり「人」から変えていこうと考えたから。「地方→東京→世界」、というこれまでのステップアップではなく、「地方から、即アジア」という人材を育成するという目論見だ。

 2015年から19年まで、この取り組みを総括した内容ともいえるが、本書『新アジアビジネス』である。まず説かれているのは、マインドセットを変えること。

 技能実習生など単純労働者の日本への受け入れだけを見ていると、日本にとってアジア諸国は「途上国」としての姿のままだ。

 しかし、「(アジア各国からの)日本のモテ期はすでに終わっている」という。

 というのも、いわゆる日本のお家芸であるチェーン型(下請け構造)は、求められなくなりつつあるからだ。特にタイなどでは、下請け構造に組み込まれた労働集約型の産業は「タイ・プラスワン」として、ラオスやカンボジアに移行する政策を進めている。具体的には、最低賃金をアップさせることで労働集約型の産業を追い出し、資本集約型の産業を呼び込もうとしている。これは、「中進国の罠」といった状況から抜け出すための国策でもある。

 アジアは「生産工場」から「イノベーティブ」な地域に転換していると、認識を改めなければならない。その先に見えてくるのが、「新結合」だ。イノベーションと言えば、「技術革新」という言葉が思い浮かぶが、そうではなく「新結合」なのである。

 長期固定下請け取引関係に組み込まれた日本の中小企業こそ、そこから抜け出し、アジアの人や企業と結び付くことで「新結合」、つまりイノベーションを起こすことができる。

グローバルアントレプレナー教育

 この構想を具現化したものが、長崎大学で行う「グローバルアントレプレナー教育」。地元を中心に海外展開・拡大を考えている中小企業に呼びかけプレゼンをしてもらい、学生と企業のマッチングをして、学生は長期インターンシップとして企業に派遣される。学生は企業の「母屋」ではなく、「軒先」を借りて海外展開を模索する「軒先ベンチャー」だ。学生自身が調査するのはもちろんだが、松島さんらがバックアップする。

 このプログラムには全学部生が参加可能で、毎年100人程度が受講している。そのうち30人は、インターン先のアジア支店に勤務したり、アジアの大学に留学したりしている。

 そんな経験をした学生自身が「マインドセット」を変えることになる。県庁や、大手自動車メーカーなどに内定をもらっていた学生が、「やっぱり地方企業に就職します」「起業します」と、進路を変更するという。

 大学がアントレプレナーを育てるなどというと、「大学が金儲けに走るなんて」と、後ろ指をさされることは、今でも少なくないという。ところが、「実は多くのアントレプレナーが金儲けは二の次で、それよりも新しいことをやりたいという気持ちのほうが強い」。

 アントレプレナー教育を通じて、新しいことをする面白さに気付かせたり、その気持ちに火を付けてあげる。それこそが、このプログラムの真骨頂だろう。


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