ウェッジ新刊インタビュー

2012年5月22日

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――いよいよ東京スカイツリー®が開業します。時々刻々とその建設過程が伝えられた「塔」も近年例がないと思います。林さんは都市文化や建設文化について評論・著述活動を続けていらっしゃいますが、そもそもなぜ人間は高い「塔」を建て、昇ろうとするのだと思いますか。

林章氏(以下林氏):高い「塔」に惹かれるのは、複合的な理由があると思います。しかし一例を挙げるとすれば、人間が根源的に持っている前へ進もうとする力、何かに挑み進歩しようとする力、拡張しよう、完成度を高めようとする力と言ってもいいかも知れません。それらに加え、文明への希求、価値観の重層化、そういった衝動を有形化(情報化)するときに、その一つの対象として「塔」が生み出されたのではないか、と思います。「塔」以外の例としては、アート、つまり美術や音楽が、より訴求力のあるものを作ろうとした結果の、同じような所産物と言えるでしょう。

 もっと簡単に言うと、「塔」はとにかくわかりやすい存在、ですよね。空を飛べない人間にも鳥の視点を持つことができる、自分たちに不可能と思われた行為を擬似体験させてくれるものだ、と実感させてくれるのです。

――本書は「バベルの塔」に始まり、「エッフェル塔」や諸外国の近現代の「塔」も登場しますが、第三章「塔の国、日本」の、日本の古代から近代の「塔」に対する考察が興味深いですね。

林氏:「塔」の解釈は様々ありますが、ひとつには時代のランドマークとして存在してきたということが言えます。高い建造物をつくるためには、その時代の最先端の有形・無形の技術が要求されます。

「大林高塔」。『第五回内国勧業博覧会紀念写真帖』(1903)より。国立国会図書館蔵

 日本でも太古から高い建造物をつくる欲求はあり、本書では三内丸山遺跡や古代出雲大社の例を挙げました。また仏教とともにもたらされた多重塔の建設は、人びとに「すごい文化が入ってきた」と思わせて仏教の浸透に寄与したでしょうし、その後フランチャイズ・システムのように全国に国分寺と多重塔が建設され、人びとに国という制度を強力に知らしめたと言えるでしょう。近代では東京に「浅草十二階」(1890年)が出来て日本最初のエレベータが設置され、大阪では第五回内国勧業博覧会(1903年)の「大林高塔」がその後「通天閣」の登場につながっていきます。そして各地に建てられた「ラジオ電波塔」を経て、「東京タワー」(1958年)はテレビの時代を連れてきました。

 このように、遠くからも眺められる、非常に訴求力がある存在の「塔」は、「時代」に要求されて現れるというよりも、時代を区切るように現れ、次に来る時代を示唆するような、先駆ける存在であると感じるのです。

――前著『東京駅はこうして誕生した』でも、東京駅建設当時の技術者について詳しく書かれていますが、今回も現場の人びとに向けた熱い眼差しが印象的でした。

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