都会に根を張る一店舗主義

2012年7月13日

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 食の専門家でも、料理研究家でもない私が、この連載を引き受けたのには訳がある。編集部からのお題にピンと来たのだ。

 「首都圏で働く人のために、家族経営の個人店を紹介してくれませんか?」

 そこで、私もまた提案した。地元の駅前も、実家の周りまで、どこにでもあるチェーン店ばかりになっていく。商店街もますますしんどい昨今、強かに生き残る個人店は、私もぜひ大事にしたい。ただ、家族であれば最高だが、店の主人は、独身男でも、バツ一の女性でも、中国からの移民一家でもいい。2号店出店の大手のお誘いをはねつける一流シェフなんていうのも素敵ではないか。そんなわけで、個性豊かで、心のほっこりする味わい深い店を探して首都圏を歩いてみようと思う。

常連を大事にする店

 さて、初回にご紹介するのは、世の食通から飲食店の不毛地帯と呼ばれて久しい池袋にある「魚真」。ちょうど、サンシャインビルの裏手で、JR池袋駅からは10分はゆうにかかるが、有楽町線と都営荒川線の東池袋駅からは、歩いて100メートルほど。

サンシャインビルの裏手方面、ひっそりとたたずむシックな外観の「魚真」

 最初は、評判のいい定食屋があるというので、お昼にでかけ、金目の煮つけ定食をいただいた。火の通し加減が絶妙で実においしかったが、何より、高速が頭上を走り、開発続きですっかり殺風景になった界隈に、まるで最後の砦といった風情で、人間くさい空間が残っているのが嬉しかった。思わず、カウンターの娘さんに「大道路ばかりの殺伐とした中に、こういう店が残っているのはうれしいなあ」と呟くと、彼女は、「ああ古い店ですからね、でも、古いんだったら、中にもいっぱいいますけどね」と料理するご両親を指さし、くすっと笑った。それが、次女の恵子さんだった。

 昭和を通りこして、そこだけ江戸の下町に迷い込んだかのような風情だった。

4代目の増田義久さん

 2度目は、取材をお願いしようと、また昼に出かけ、中トロ定食をとると、分厚い刺身がどっと出た。だが、取材は、そう簡単ではなかった。店にはファンも多く、何度かよく知られたテレビ番組でも紹介されたが、その度に新しい客が押し寄せ、常連が並んでも入れない事態が生じた。そこで昨年、4代目の増田義久さん(39歳)が店を任されてからは、基本、取材お断りとしている。もちろん、常連が大事だからだ。

 カウンターに腰かけていれば、それは痛いほどわかる。昼も遅い時刻になると、常連ばかりになるが、窓から通りを歩いてくる姿をみて、恵子さんはもう「あの人、ちょっと痩せたよ」と呟いたかと思えば、席につくなり「ウナギで精力つける?」と訊く。かと思えば、別の客がのれんをくぐるなり、「ごめん、煮魚は終わっちゃったよ」である。

 家族経営の店は、常連にとっても家族の食堂のようだった。

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