中小モノづくり企業 海外進出のポイント

2012年7月17日

»著者プロフィール
著者
閉じる

加賀谷貢樹 (かがや・こうき)

ジャーナリスト

1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業機械・環境機械メーカー兼商社に勤務後、フリーに。オピニオン誌、ビジネス誌、新聞などに寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。ものづくり分野では、メイド・イン・ジャパンの品質を支える技能者たちの仕事ぶりのほか、各地の「ものづくりの街」の取り組みを中心に取材。国認定「高度熟練技能者」(09年度で制度廃止)の現場取材も担当。愛機Canon EOS-5Dを手に、熟練技能者の手業、若き技能者たちの輝く姿をファインダーに収めることをライフワークにしている。

 東日本大震災後から続く超円高、デフレに政治の迷走も加わり、「日本で大きな仕事が出ることは期待できない」、「今後、日本国内で事業を続けていくことに意義を見出すことができない」という、中小企業経営者の悲痛な叫びが聞こえてくる。そんななか、「人の縁」が運んできた商機を逃さず、海外進出を果たした小さなオンリー・ワン企業がある。

仲間からの誘い

 「ベトナムで1年近く営業してみたんだが、うちの塗装の案件よりも印刷の仕事のほうが多いんだ。来ないか――」。

 2011年10月、ダイヤ工芸の石塚博臣専務(43)は、20年来の付き合いである株式会社青山プラスチック塗装(川崎市高津区)の代表取締役である青山宗嗣(あおやま・むねつぐ)氏に、こう声を掛けられた。青山氏とは同年代で、お互いに二代目でもある。国内の仕事が減少していくことに危機感を強めていた博臣専務は、この青山氏の言葉に心動かされ、ベトナム進出を決めた。

大手メーカーの「駆け込み寺」

 ダイヤ工芸は携帯電話、カーオーディオ製品などのプラスチック製部品表面に、精密な文字やパターンを印刷するシルクスクリーン印刷などを長く手がけてきた。同社はリーマン・ショックを機に新技術の開発に打ち込み、従来は不可能とされてきた、箱物などの多面体や楕円柱体の全周囲を「単工程」で印刷する技術を2008年に開発した。通常、印刷は1面に対して1工程を要するが、同技術では1工程ですむため、コストの大幅削減と短納期化が可能となる。

同社のベトナム事業を統括する石塚博臣専務

 ダイヤ工芸の歴史は、経営環境の変化に対応するための技術革新の歴史そのものである。バブル崩壊や円高、新興国の台頭を機に、平面形状の樹脂製品に印刷を施すという比較的簡単な作業を皮切りに、仕事が海外にどんどん出て行った。

 こうしたなかで同社は、曲面などの複雑形状の樹脂製品に印刷を施すといった、誰もが敬遠するような難しい仕事を専門で手がけるようになった。試行錯誤を重ねてノウハウ・技術の蓄積に努めた結果、新技術や新商品の開発・試作を手がける家電、自動車、IT機器など多くの大手企業が同社に相談を持ちかけるようになり、ダイヤ工芸はプラスチック二次加工の「駆け込み寺」と呼ばれるまでに評判を高めた。

「国内では量産が見込めない」

 だが、大手企業の絶大な信頼を得て、パートナーとして新技術や新商品の開発・試作に取り組んではいるものの、価格が厳しく、案件によってはイニシャルコストの回収もままならない。しかも、いまの右肩下がりの日本市場では、大ロットの量産がほとんど見込めない。ピークの1990年~2006年頃は、月産数十万個単位の量産の仕事が次から次へと舞い込んできた。ところが開発・試作の場合、求められる技術的なハードルは非常に高い一方、1回の仕事で印刷・加飾するのは数千個というケースがほとんどだ。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る